13話
俺は家に帰ってくるなり、そのまま鍛錬場に直行する。
実を言うと、アイリスを奪われて悔しくないはずがなかった。
―俺がふがいないばかりに!
ドスンッ
――ハーヴェルの野郎に婚約者をとられて!!
ドスンッドスンッ
―――俺にハーヴェルを圧倒できるような強さがあれば!!!
ドスンッドスンッドスンッ
――――次こそは!!!!
ドスンッドスンッドスンッドスンッ
―――――ハーヴェルに勝つ!!!!!
バアンッッ!!!
気が付くと、サンドバッグが破れ、中身の砂が零れていた。
―何があった?
俺は怒りに任せてサンドバッグを拳で連打していただけ。
まだ通常の正拳突きを放つことができていない。まだ十分に魔力を拳に集中させることもできていない。
だが、俺の拳に少しの痛みはなく、サンドバッグに打ち勝ったのは明白だった。
―今の感覚だ。
これをいつでも再現できるようにすれば、必ず俺の拳はハーヴェルに届く。
――迅雷を使わずしても。
ふと気が付くと、いつものシャツとズボンに着替えていない。
どうやら制服のままサンドバッグに向かって拳を放っていたようだ。
しかも、長袖の制服の袖が破れている。これでは学校に着ていくのは難しいだろう。
「セバスに言って制服を替えてもらう必要があるな。あと、サンドバッグの修理か。」
俺は別邸に向かうことにする。
執事室のノックを行い、
「セバス、いるか?」
「おや、坊ちゃん。今日はどのようなご用でしょうか?」
「セバス、制服が破れてしまったから、替えはないか?」
「・・・かしこまりました。坊ちゃん。いささか制服の扱いが酷くありませんか?」
「ああ、着替えをせずに鍛錬をしてしまったからな。」
「鍛錬・・・ですか。」
「あと、サンドバッグが壊れてしまった。すまないがメイドに頼んで布を修理してもらえないだろうか?」
「少し状態を見せて頂いても?」
「ああ、問題ない。」
そう言って俺はセバスを連れて離れに戻る。
「これは・・・。坊ちゃん、魔法を使用されたのですか?」
「いや、魔法は使用していないはずだ。サンドバッグを拳で殴ったらこうなった。」
「拳で・・・ですか。失礼ですが、坊ちゃんは戦士でも目指されるおつもりですか?」
「いや、俺が目指すのはあくまでも魔法使いだ。」
「・・・本気ですか?」
目を細めるセバス。
「至って本気だとも。」
「かしこまりました。すぐに手配致しましょう。」
そう言って、セバスは別邸へ戻っていった。
セバスが別邸に戻り、一人鍛錬場に取り残された俺は、自分の拳を見つめる。
俺の拳に何ら変わったところはない。
あれは魔力か?だが、魔力を拳に集中させることを無意識下ですることはできない。
だとすれば、作用したのは魔力以外の何か。
そういえば、熟達した戦士は「気」の力を用いて、素の拳で岩をも砕くという話が以前の世界であったはずだ。
仮に、この力を【闘気】と呼ぶことにしよう。
確か、この世界の魔法には、魔法そのものを無効化する、そういった魔法も存在した。
ハーヴェルはその剣技をもって何とかその魔法を使用する敵を乗り越えたが、今の俺は迅雷を封じられてしまえば、手も足も出ない可能性が高い。
この闘気を自在に使用することができれば、そんな相手とも互角にやりあう事ができるのではないか?
―とてもよい経験をした。
もしハーヴェルに負けていなければ。
もし婚約者をハーヴェルにとられていなければ。
もしもっと俺に魔法の才能があったならば。
この闘気の存在に気が付くことはなかったかもしれない。
先ほどの状況を考えると、この闘気は感情の昂ぶりに合わせて、無意識に発動するようだ。
これはちょうど魔力と逆である。
この闘気を自在に扱うことができるようにするためには、しっかり意識をして自分の意思で、いつでも自由に発動することができるようにする必要があるだろう。
―どんな鍛錬の方法があるだろうか?
以前の世界では、「気」を扱うには、瞑想を行い、気の流れを知るという鍛錬があった。
以前の世界では岩を砕くまでには至らなかったが、ここは異世界だ。
闘気を鍛錬することで、最終的に岩すら砕ける達人の領域に達することができる可能性は大いにありうる。
そうして、俺はさっそく瞑想を行うのだった。




