11話
朝、目が覚めるとすぐに俺は金物屋で購入したシャツとズボンを着て、ランニングに出かける。ズボンの方は以前の世界に存在したジャージほど伸縮性はないが、こちらの体操着よりはよほど動きやすい。
しかも、動けば動くほど、生地が柔らかくなり、運動するのに適した格好になるという素晴らしい仕様である。見た感じ魔力が練りこまれているとか、そういった感じはしないので、おそらくは生地そのものの性質だろう。
邸宅の外周をいつものように走る。毎日の日課として走りこんでいるので、今では息が上がることはない。体力の向上を実感する。
そして、走り終わると、そのまま離れの風呂に入る。もちろん、水風呂である。
「ザブンッ」
さっそく金物屋で購入したタライを使用する。離れにはシャワーがなく、水をはる蛇口しかないので、これまではそのまま水風呂に入るか、手で少しずつ水を体にかけるくらいしかしなかったが、やはり一気にタライで浴びる水は爽快感が違う。
―そういえば、あの金物屋は何だろうか?
「魔法王国エルドリア」の世界には、あのような金物屋は存在しなかった。もちろんゲームで見ることができる世界は、その世界の一部にしかすぎないことは分かっている。
しかし、それを考慮しても、あの店はやはり異質だった。
もしかすると、緑茶や、急須、湯飲み、といった基本的にこちらの世界にないものも購入することができるのではないだろうか?
そんなことを考えながら、一通り水風呂を楽しみ、体を拭き、制服に着替える。
ちなみに、夏用のローブもあるが、俺は、基本的にローブは防寒着くらいにしか思っておらず、制服でいることの方が圧倒的に多い。
「坊ちゃん、朝食の準備ができましたよ。」
風呂場から玄関に出ると、そこにはセバスが待っていた。
「ああ、今行く。」
基本的に夕飯は離れにまで持って来させることがほとんだが、朝食は別邸の方まで食べに行くことが多い。離れからは学院まで遠いのと、朝はセバスやメイドたちの顔を見て、しゃきっとした気分で一日を始めたいということがその理由である。
ガラン、ガラン
そして、午前の講義が終わり。俺とルディはいつもの屋上にやって来た。
「ルディ、この前ヒューヴァと合宿だっただろう?どうだったんだ?」
屋上に着くや否や、俺は気になっていたことをルディに聞く。
「・・・ああ、あれか。俺は・・・そう、置物だったよ。置物だったんだ。」
遠い目をするルディ。
大体その一言で何があったか分かる。俺には分かってしまう。
要するに、ルディは、ハーヴェルのパーティーを前に、ボッチになってしまったのだ。
「・・・ふっ。」
そう言って俺はルディの肩に優しく触れる。
「おまえには、このイシュバーンがいるではないか。」
―ボッチどうし、仲良くしようぜ?
ボッチを極めし俺は、ルディを優しく見つめる。
「いやだあああああああああああ!」
ルディの魂の叫びが響き渡るのだった。
離れに戻る際に、別邸の前を通る時、セバスとメイドが何やら庭で作業をしているところを見た。
「セバス、何をしているんだ?」
「―おや、坊ちゃんでしたか。今月中に、ご当主様とイシュト様が領地よりこちらへ戻ってこられるので、こうやって庭を整えているのですよ。」
「そういえば、イシュトのやつも来年魔法学院に入学するんだったな。」
親父と弟のいる生活はひどく窮屈だったが、今の俺には離れの館がある。何の問題もない。
「セバス、俺は親父と弟がいる間は、何か用事がない限り別邸にいる。朝食も離れに持ってきてくれ。」
「そうですか。かしこまりました。」
セバスが了承の返事をする。
セバスとそんな会話をした後、いつものように俺は離れに向かうのだった。




