10話
「婆や、動きやすいシャツやズボンはないか?」
俺は金物屋に入るや否や、婆さんに声をかける。
「おや、イシュバーン。また来たのかい。」
奥から婆さんの声が聞こえてくる。
「ああ。動きやすいシャツとズボンを探している。できれば水をよく吸って、しかも乾きやすいやつがいい。」
「シャツとズボンとね。・・・ちょいお待ち、ええと。」
そう言って婆さんは奥の棚の中を探しているようだ。
「これはどうだい?」
そう言うと、黒いシャツと軽い作業着のようなズボンを取り出してくる。
シャツの方はちょうど、俺が探し求めていたTシャツに非常に似ており、作業着のズボンは道着の下によく似ている。
「ちょっと試着してみてもよいか?」
「ああ、ええよ。その辺で着替えとくれ。」
婆さんは、部屋の隅の方を指さす。
さっそく俺は着替え、手を回したり足を上げたりしてみる。
―ちょうどいいサイズだ。しかも動きやすい。
「完璧だ。これ全部でいくつある?」
今日はこれを着て帰ろう。
「シャツの方は・・・4枚、ズボンの方は・・・6枚じゃな。全て買っていくのかい?」
「ああ、全て買おう。できれば追加でいくつか取り寄せておいてくれるとありがたい。」
「分かった分かった。さすがはうちのお得意様ぢゃのう。」
「あと、タライが欲しい。風呂で使うやつだ。ないか?」
「タライだね・・・。ほれ、そこにあるよ。」
婆さんは雑多に積み重なった容器類が置いてある箱を指さす。
「1つ買うよ。全部でいくらだ?」
「ええと・・・。銀貨3枚と言いたいところじゃが、銀貨2枚でどうだい?お得意様割引じゃよ。」
「いや、今回は銀貨3枚出そう。だが、ちゃんと取り寄せておいてもらえると助かる。」
そう言って、俺は婆さんに銀貨3枚を渡す。
「おや、いいのかい。分かったよ。また来とくれ。」
しばらく王都の商業区を歩いていると。
・・・あれは?
ハーヴェルとアリシアとプリムじゃないか。
そろそろ仲を深めていく時期なんだな。よきかな、よきかな。
―俺ももっともっと強くならないと。
しばらく道に突っ立っていると。
――ドンッ
誰かが俺にぶつかってきた。
「アイタタタ・・・。ごめんよ!キミ、怪我はない?」
一人の少女がいた。
「ああ、問題ない。」
「悪いけど、ボク、急いでいるんだ!ごめんね!」
たったったと駆けていく少女。
こちらに留学してきた詳しい時期を詳しくは知らないが、もしかすると模擬戦の後であるのかもしれない。
「・・・レティ、か。」
肩にかかるくらいの淡い赤色の髪、小さめの背丈、そして特徴的なボクッ子。おそらく間違いないだろう。
原作でもレティと俺が関わる場面は全くなかったはずだ。
レティと親しくしても俺に得はないだろう。できれば、原作への介入は自分の身の安全を確保することのみを目的として行いたい。
―だがしかし・・・。
何とも言えない気持ちになりながら、今や我が家といえるだろう、ヘイムの離れの館にまで戻るのだった。
家に戻ってきた。
さっそく2階にある鍛錬場〔そう呼ぶことにする〕に向かう。
婆さんの金物屋で購入した黒いシャツと軽いズボンはかなり動きやすい。
この格好であれば、俺の鍛錬の具合も益々向上するだろう。
俺はサンドバッグ相手に試しに蹴りを入れることにする。
試すのは、右のミドルキック!
バシッ!
今度は左のミドルキック!
バシッ!
小気味よい音がして、サンドバッグが揺れる。
―いい感じだ。ハイキックはどうだろう?
少しサンドバッグの位置を上に調節する。
足を持ち上げて上方に蹴りを繰り出そうとすると。
「あいたっ!」
問題だったのはシャツやズボンではない。そう、俺の身体の柔軟性である。
今の俺の身体はとても硬い。
トレーニングメニューに柔軟を取り入れることをすっかり忘れていたのだ。
これからは鍛錬前に柔軟を欠かさないようにしよう。




