3話
さて、家に戻ってきた。
そういえば、親父から離れに移動するように言われているんだっけか?
これまで俺が寝泊まりしている邸宅は、実はヘイム家の王都にある別邸である。
通常、別邸というのは王都の貴族街にあるものだが、俺の爺さんに当たる人が、俺と同じように曲者だったようで、なぜか貴族街ではなく、こんな変な森の近くに別邸を構えたのだ。
俺は爺さんさすが、ファインプレーとしか思えない。
そして、この別邸にはなんと、離れというスペシャル物件もあるのだという。
爺さんの時代から仕えているセバスなら、離れについて何か知っているだろう。
もしかすると、鍵のありかも知っているかもしれない。
執事室に向かってみよう。
コンコンとノックをし、扉を開ける。
「今帰ったぞ、セバス。」
「―おや、坊ちゃんでしたか。何か御用でしょうか?」
「ああ。この別邸には離れがあると聞いた。できれば、近日中には離れの方に移動したいと思ってな。今日くらいからその準備を始めたいんだ。」
「・・・離れですか。確かに、今あの館は使用されてはいませんが。どういう風の吹き回しで?」
またこいつは変なことを言いだしたとセバスの顔に書いてある。
「なに、今日、ハーヴェルという平民と模擬戦をして負けてしまってな。親父殿には負けたのであれば、離れの方に移動せよと言われておるのだ。」
「模擬戦!?坊ちゃん、何を考えているのですか!?しかも平民と??」
「ああ。だが、過ぎたことをくよくよしても仕方あるまい。そんなわけで離れに移動したいのだ。」
「坊ちゃんは本当になすこと全てが突拍子もない・・・。イシュゼル様そっくりですね。」
イシュゼルとは、先ほどの俺の爺さんのことである。
「親父も言うが、そんなにそっくりなのか?」
「ええ、とても。あの方にも、私もご当主様も苦労させられましたよ。」
ご当主様とは俺の親父のことだ。親父が俺の爺さんに苦労させられたという話も聞いたことはある。
「はっはっは。どんな傑物だったのか、是非とも俺も会ってみたかったものだ。」
「・・・鏡をご覧になられると良いでしょう。」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何も。離れの館ですね。鍵のありかは私めが存じております。案内致します。」
そう言って、セバスは俺についてくるように言う。
「うむ。分かった。」
俺が向かったのは、別邸の中でも普段は使用されていない部屋。
「ここはイシュゼル様、つまり坊ちゃんのおじい様の部屋になります。」
そう言うと、セバスは鍵を使って部屋を開けた。
部屋は随分長い間使用されていなかったようで、うっすらと埃が積もっている。
セバスはその部屋にある古びた机の引き出しを開ける。すると、これまた古びた鍵が出てきた。
机を見ると、俺によく似た人物と、可愛らしい女性の写真が飾ってある。だが、その女性は俺の知る誰でもなかった。
「――恋多き人にございましたから。」
セバスは何かを懐かしむかのようにそう言うと、
「さ、離れの館まで案内しますよ。」
今度は離れの館まで案内してくれるらしい。
しばらく敷地内を歩いていると、あれがきっと離れの館であろう、という2階建ての建物が見えてきた。離れと言う割には十分な広さがあるように見える。
その前まで進むと、セバスが鍵を使って扉を開ける。
ギィっという音を立てて扉が開き、中を見ると、木の床が広がっており、目の前に大きな古時計があった。玄関を入った脇に暖炉があり、長い間使われていないようだ。
「坊ちゃん、これは本来の鍵の方です。スペアキーは私が保管してあります。」
そう言って、セバスが鍵を渡してくる。
「私はこれにて失礼致します。食事のお時間までにはお戻りになられますよう。」
「ああ、すまんな。」
俺はしばらくの間、館の内部を探索してみることにする。
まず、玄関と反対方向にある、古時計のすぐ横の部屋は応接間として使用されていたようで、ガラス棚に食器やコップ類が置かれていた。調度品にはやはりうっすらと埃が積もっていたが、どれも状態は良いようだ。
次に、玄関から見て右手の方向にある部屋は、食堂のようである。玄関の他に、ここにも暖炉が備えられていた。長机があり、椅子が3つ、3つと左右に並べられていた。
さらにその食堂の奥は、台所である。台所には簡単なかまどと流しが備え付けられているようだ。ここを使えば、十分に料理を行うことができるだろう。
次に2階へ向かう。
2階は、ほとんどの部屋が寝室だった。
「なんでこんなに寝室があるんだ?」
―恋多き人にございましたから。
なるほど。何となくその理由を察する。もしかすると、俺の爺さんは、ハーレムでも作ろうと考えていたのかもしれない。
1階の残りの部屋は、トイレと、簡単な石造りの風呂だった。
離れの館にすら風呂があるとは、さすがは侯爵家である。
―そろそろ、食事の時間か。一旦別邸まで戻ることにしよう。




