3話
―――ギィィィ
軋む音が船内に響く。
「やっぱり人の気配はしないね?」
レティが呟く。
「ガーランド。調査といったが、どういったことを調べるつもりだ?」
ガーランドは調査というが、さすがに漠然としすぎている。
「―分かること全てだ。俺たちの船が動かない原因は間違いなくこの船にあると思うが、それが何なのかは俺にも分からないさ。」
船内は見かけによらず広い。
とりあえず、俺は通路に面した扉の一つを開けてみることにする。
―キィ
扉は特に問題なく開いた。が、中に入るのは躊躇われる。ハーヴェルの魔法剣が通用しないとなれば、俺の迅雷でも微妙だ。
「・・・扉は普通に開くようだが、中に入るのは躊躇われるな。」
「だが、イシュバーン。そんな弱気では調査などできないぞ。」
ハーヴェルが言う。こういうときにあえて強気に出るのは、さすがは物語の主人公だが・・・。
しかし、そんなハーヴェルをラズリーが注意する。
「イシュバーンの言う通りよ。何があるか分からないわよ?」
「・・・扉、とっちゃえばいいんじゃないかな?」
レティは扉を見ながらそんなことを言った。
―なるほどな?
内部の扉は木でできているようだ。レティであれば、問題なく扉を取り外すことができるだろう。
「レティ、頼めるか?」
レティは任せて、と言い、そっと扉に触れると、扉がガタンと音を立てて外れた。よく見れば、金具の接触部分が崩れている。すると、次第に扉は朽ち果てて言った。
「無詠唱か。」
ハーヴェルが少し目を見開く。
「—これくらいならね?」
ウィンクをしてレティはそう言うが、無詠唱は一般的に高度な技量を必要とする。実際のところ、魔法学院の中で最高峰とされる魔法学院アルトリウスですら、無詠唱を使用できる者は極めて稀であった。
「――腕を上げたね、レティ。」
ガーランドが目を細める。
「驚いたわ、レティ。貴女、無詠唱が使えたのね?」
同じクラスのラズリーでさえ、知らなかったようだ。
レティの属性は木。そして、無詠唱魔法の使い手である。敵として出てきたときには、ハーヴェルが苦戦させられていたのを思い出す。
「・・・キミは驚かないんだね?」
こちらを静かに見据えるレティ。
「もちろん驚いているさ。」
俺は少しおどけたような仕草をする。
「――ま、いいや。さ、中を調べよう?」
すると、レティが先頭に立って部屋の中に入った。
部屋の中は窓はないが、船室のようである。ベッドの上には古びた本があった。
ハーヴェルが何気なくそれを手に取ろうとするが――
「直接触れるな!」
ガーランドから鋭い声が聞こえてきた。
ピクッとハーヴェルの動きが止まる。
「―どういうことだ?」
ハーヴェルがガーランドに向かって怪訝な表情をする。
今は部屋に閉じ込められる心配はないのだから、本に触れるくらいは問題ないのではないか?
「・・・いや、どんな魔法がかけられているのか分からないからな。」
確かに一理あるが、さすがに警戒のしすぎではないだろうか?
「ガーランド、そこまで警戒する必要があるのか?こんな本でも何か手がかりになるかもしれないではないか。」
「「「・・・・・・・」」」
しかし、皆その本に近づこうとはしない。開いているページを見る限り、何かの小説だと思われるが。
ふうっと小さくため息をつき、俺は朽ち果てたベッドに近づき、上から本を眺める。
「―知らない文字だな?」
少なくともエルドリアで使われている言葉ではない。
「見せて?」
レティが本を覗き込むが、
「うーん、ボクもこんな文字は始めて見たよ。」
俺はちょうど開いてある部分に描かれている挿絵が気になった。そこには、城壁に囲まれたどこかの都市と、その数倍はあろうかというほどの竜である。
それを見つめていると、
「これは・・・。竜・・・?」
「ああ、そのようだ。」
そして、俺はその竜が何であるかを知っていた。
「これはどういう場面なのかしら・・・?」
ラズリーが本を覗き込んで不思議そうな顔をする。
しかし、俺にとってこの竜はある程度は馴染みのある存在である。
――イシュヴァル
かつて、天上に住まい、その咢でもって地を食らったという。古代の人々にとって、それは畏れの象徴たる存在であった。




