2話
イシュバーンは戦闘面ではとても弱い。侯爵家の長男であれば、戦闘訓練をしなければならないはずだが、それをサボりにサボってきたのがイシュバーンである。
そして、魔法学院の模擬戦でもハーヴェルに嘘みたいにボロ負けする。要するに、侯爵家の権力を傘に着たクソ野郎であり、しかも弱い。
ではなぜゲームではアイリスを手籠めにすることができたか?それはアイリスの実家の伯爵家が侯爵家に大きな借りがあったからだ。
アイリスの実家のロータス伯爵家は、プリムの実家のアリュース伯爵家よりも距離的にはかなり遠いが、アイリスの親父はうちの親父の魔法学院の後輩だかなんだかといった関係らしい。俺もその辺りは詳しくは知らない。
原作では無理やり嫁入り前のアイリスを手籠めにし、ハーヴェルに決闘で敗れ、あげく次期当主の座を弟に奪われ、追放される。そんな絵に描いたような悪役貴族。それがイシュバーンである。
なお、この国では、いやこの世界では基本的に魔法は剣よりも強い。詠唱が必要な分、剣が強いかもしれないが、上級者になれば、短く魔法名を唱えるだけの詠唱省略を行うことで、魔法が発動してしまう。
そして、俺には雷属性という珍しい属性があったが、全く修行をしていないので、「サンダーボルト」程度が精一杯である。しかも短時間発動が売りの雷属性で、長々とした詠唱を必要とする。全くもって使えない。
「はあああ。」
ため息も出るというものだろう。
ちなみに、物語の主人公のハーヴェルは火、土、風の3属性に適性があり後で、爆裂という隠れた特殊属性を習得する。詠唱省略も可能である。まさに物語の主人公にふさわしい。
アイリスは、水と風の2属性に、プリムは水と土属性に適性があり、二人とも回復魔法を扱うことのできる水属性を持つので、アイリスかプリムのいずれかをメインに据えるプレイヤーも多かった。
しかし、俺の属性は雷属性のみ。特殊属性であることが唯一の救いであるが、速度面での優位性に優れる雷属性において、戦闘能力を向上させることはとても重要である。
俺、イシュバーン・ヘイムにとって、戦闘能力の向上は必要不可欠である。
俺が卒業するころには、魔族の大侵攻が始まる。魔王の四天王の一人が攻め入ってくるのである。ゲームの世界ではそれまでには追放されるので俺がその侵攻に対する戦争にメインで関わることはなかったが、今回は単に追放されてやるつもりはさらさらない。魔族相手に自分の身を守れる程度の戦闘能力は少なくとも必要だろう。
とはいえ、今の世界でも、そんな大侵攻などという大事に俺が関わるつもりも一切ない。そんな面倒なことはハーヴェルに任せ、俺は領地に引きこもって悠々自適に過ごすのだ。ハーヴェルとそのハーレム要員はこの魔族の大侵攻に対して、勇者とその仲間として立ち向かうのだから。
―ぜひともハーヴェルには頑張ってほしいと思う。
まずは、「サンダーボルト」をどうにか詠唱省略で発動させるようにすることはできないだろうか?
雷属性は、作中では、非常に強力である。初級魔法のサンダーボルトでも詠唱省略を行い、自在に使いこなすことができれば、たとえ戦闘が必要な場面がこれからあったとしても簡単に後れをとることはないかもしれない。
作中では、イベントでゲストキャラとして参加してくる騎士団長が使用し、強力な威力を発揮していた。
もう一つ、俺には、俺個人として雷属性を鍛える理由がある。俺は、前世ではいわゆる古武道を習得していた。雷属性には、自身に付与させることで、その反応速度を飛躍的に高めるライジングという魔法があったはずだ。
そして、その魔法を習得することができれば、古武道と組み合わせることによって、俺の戦闘力も今より遥かに向上するはずだ。魔族を打倒することも夢ではない。
―修行をしなくては。
でもどうやって?ヘイム家の別邸の近くには、ダンジョンと森がある。
低級魔物ばかり出現するせいで、ダンジョン産のアイテムも大したものではなく、しかも魔素の濃度も随分低いので、放っておいてもダンジョンから魔物たちが溢れることはないという話で、森の方はボアくらいしか出ないと聞いている。
今はほとんど冒険者たちが訪れることもないが、俺のような弱小にはうってつけの修行の場であった。