11話
――俺の名はハーヴェル
「ハーヴェル、そろそろ夕食の時間というけれど?」
声をかけてきたのはアイリスである。魔法学院でも指折りの美貌の持ち主である。
「―ああ、今行く。」
どうやら夕食はこの船の食堂でアルトリウスの皆で食べるらしい。
まだ誰にも話してはいないが、俺はいわゆる『勇者』の素質があるようだ。大賢者から見て、それが俺にあると分かったのは俺が十の年になってからのこと。大賢者アトリ―からはまだそのことについては明かすなと言われている。
「―いずれ神殿より発表があるまでは隠せ。」
どういう運命であるのか、勇者という奴はいずれ聖女と出会い、やがて蛮族や魔族との戦いに身を投じることになるというようにできているらしい。勇者とはただ聖女のために生きるもの、と奴は言っていた。
大賢者アトリーより勇者としての素養があると言われ、そしてそれからそれを証明するかのように、火、風、土という三属性を自在に操れる魔法の才を手に入れた。
俺には、通常の詠唱魔法の他に付与魔法に適性があった。この付与魔法は属性魔法の亜種とみなされることがあり、通常そこまで重要視されることはない。しかし、俺のそれは一味も二味も違った。
―容易に属性の重ね掛けができたのである
「たまたま」俺の村に通りがかったアトリーによって、勇者として見出された俺は、アトリーの元で付与魔法の修行に励んだ。その結果、ついに得たのである。爆裂属性という新たな魔法と、俺の奥義ともいえる技、魔法剣を。
「お主は世界を救う勇者じゃ。故に、魔法学院アルトリウスへ行き、魔法を研鑚せよ。なに、ワシが推薦するんじゃから心配は無用ぞ。もっとも、お主に敵うものはいまいがな。・・・それにな、お前は問題なく相当な女好きとなるじゃろう。やはり勇者となるにはハーレムを。そうハーレムを作らねばならん、むしろそれこそが勇者を勇者たらしめる最重要な素質よ!カッカッカ!!!」
そして、俺自身もそのことを信じて疑わなかった。
―あのときまでは
「ハーヴェル?」
「ああ、今行く。」
俺はアイリスに口づけをする。
「・・・もう、ハーヴェルったら・・・。先に行ってるからね?」
頬を染めるアイリス。彼女は、とある男の元婚約者であり、その男こそが、俺の頭を悩ませる元凶ともいえた。
『ま、まいったよ・・・』
あの日、あの時、確かにやつはそう言った。
―不敵に笑いながら
いや、笑ってはいなかったかもしれない。しかし、その表情は紛れもなく勝者のものであることは間違いなかった。
「外すことはないはずだった。」
あの模擬戦は、魔法剣を使うまでは俺のプラン通りに進んでいた。ファイアーボールを使い、相手を無防備にさせた状態で直撃させる。イシュバーンごときには決して避けることができないはずだった。
―しかし、奴は避けてみせたのだ
まるでデタラメである。魔法剣に何か欠陥があるのではないかと、アトリーに相談してみたところ、特に何も欠陥はないということのようだ。
確かに俺の魔法剣は直線状に放出されるので、かなり距離のある場所より放った場合には、素早く横に動くことで回避されることもあるだろう。しかし、それはあくまでも遠距離から放った場合にはという条件付き。
あの時のような至近距離で放つ場合、横の射程範囲は広く、しかもこちらもその回避の方向に合わせて剣を振るうことができるので、相手にとっては防御不可の一撃になる。
つまり奴は、こちらが至近距離で剣を振り切り、魔法剣に直撃する、まさにその瞬間に、魔法剣を回避したのである。
もし万が一仮に無詠唱で転移魔法を使用するとしても、そのような一瞬で転移魔法を発動させることは不可能であるらしい。つまり、あの状況で回避することは、たとえ大賢者アトリーでも不可能ということ。
あの日あの時、イシュバーンがどのような手段を使ったのか、いかに考えを巡らせてもそれが分からなかった。
あの日から俺は、魔法剣を使用することを躊躇するようになってしまった。アトリーは欠陥はないと言うが、俺にはそうは思えなかった。
―そして
その結果、魔法学院対抗戦で見目麗しい白い少女に敗れることになったのである。
当初のイシュバーンに対する俺の印象としては、強力な魔法使いのように見えて、それはハッタリであり、実のところそれほどのものではない。たとえハッタリでなかったとしても、俺の勝利は確実であるといったもの。
しかし、今では奴が俺にとって、得体の知れない壁として立ちはだかっていることは明らかだった。




