10話
ボーーーー
汽笛の音が聞こえる。辺りには潮風の香りがふんわりと漂い、海へ来たのだと実感する。
今、俺は港へとやってきていた。
今いる場所は、ベリーズ港である。この港は、山岳部に囲まれているエルドリアの西にあり、そこだけがちょうど海に接している。エルドリアから他の大陸や島に渡る場合、この港から船を使うことがほとんどであるようだった。
今回のショートステイについては特に引率などはないが、船は一般的にエルドリアから出るものと同じものを使うらしい。
―海を渡るのは初めてだな?
俺にとって、海を渡るのも、エルドリア国外へ出るのも初めてのことである。
「――イシュバーンは海を越えたことがあるの?」
ラズリーがそよそよと風になびく髪を押さえながら、声をかけてくる。
「いや、ないな。海を渡るのも、エルドリア国外へ出るのも初めてのことだ。ラズリーはどうなんだ?」
「私は今回で二度目かしら。ソフィーも二度目よね?」
「はい、お嬢様。」
公爵令嬢の割には少ないと思ったが、逆に公爵令嬢だからこそであるのかもしれない。
「——みんな、準備はいいかな? もうそろそろ乗船できるって!」
そう言うのはレティである。つい先ほどまで、船員に皆の分の船のチケットを見せていたところだ。
「・・・ハーヴェルが見えないようだが?」
今回のショートステイには、魔法学院の推薦によってハーヴェルが参加することになっている。おそらくは、プリムとアイリスも参加することになるだろう。
「あれれ?さっきまでいたはずなんだけどなあ?」
レティは辺りを見回して、
「あ!いたいた!おーい、ハーヴェル!」
どうやら、前から見た船の姿を見るために、俺たちがいる乗船場から、すこし離れた船の前方に回っていたらしい。
そして、アルトリウスからは、ハーヴェル以外にももう一人、魔法学院から推薦されて参加する者がいる。
「・・・」
何を言うでもなく、船を見上げている男と、その付き添いのメイドが二人。
―こいつは、何を考えているのかよく分からない所があるからな
その男はチラッとこちらを見て、再び船を見上げる。
そう、アウグスタである。
この男が喋るところを俺はほとんど見たことがなかった。
「さあ、船に乗りましょ!」
ラズリーが声をかけてくる。いつの間にか乗船時間が来ていたらしい。
「―ああ。行くか。」
そうして、俺たちは船の中に乗り込むことにした。
乗り込む船の名前は、メリー号という船である。ありふれた名前であるが船はかなり大きく、内部は豪華な造りになっているようだった。
客室もそれぞれの人数に応じた個室が設けられているようである。ラズリーとソフィアは少し大きめの二人部屋、俺とレティは少し狭い一人部屋の個室、ハーヴェルとアウグスタはそれぞれ三人の大部屋のようだった。
あまり他人の関係については興味はない。しかし、男女同部屋ということは、もしかすると既にそういう関係であるのかもしれない。
船に乗り込むと、ひとまずそれぞれの部屋に行くことにする。今回は個室ということもあり、俺の宿泊する部屋は、ラズリーとソフィアの二人部屋の隣というわけではないようだった。
―ガチャ
自分の部屋の扉を開ける。
すると、大きな窓から見える外の景色が目に入って来た。ちょうど桟橋を見下ろす形である。出発すれば大きな海をここから眺めることができるだろう。部屋についても手狭であると聞いていたが、特にそんな風には思わない広さである。
「・・・これは、少し楽しみではあるな。」
思わず独り言が出る。
今回は船の中で二泊ほどするらしいが、それなりの部屋で、しかもこのように大きな窓から外を見ることができるとなれば退屈はあまりしないだろう。
部屋の中に入って、まず持ってきた自分の荷物をチェックすることにする。
今回持って来ているのは、いつものポーションとマナポーション、そしてお決まりのズタ袋である。
ズタ袋の中には、退屈しのぎの本や、水袋に茶葉、そして今回特別に持ってきた秘密のスペシャルアイテムが入っていた。このスペシャルアイテムを使うことはないだろうが、備えあれば何とやら、と言うからな?
俺はどことなくウキウキとした気分で、秘密のアイテムを装着することにした。




