15話
魔物はダンジョンの内外を問わず現れるが、ダンジョンの魔物は魔石をドロップすることがある。
俺のよく行くダンジョンのラージスネイル―あの巨大なカタツムリ―を倒したときも、いくつか魔石をドロップしていたので、たまに俺も拾うことがあった。
「お、ラッキーだな。」
そう言って俺は慣れた様子でゴブリンがドロップした魔石を拾い、ラズリーに渡す。
「いつもよく見る魔石ね・・・。こうやって集めるのね。」
どことなく感心したようにラズリーが言う。
「イシュバーン様は魔物がドロップした魔石を見るのは初めてではないのですか?」
「まあな、そんなところだ。侯爵家の嫡男だったからな。」
とりあえずお茶を濁すことにする。
「イシュバーン様。つかぬことをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ソフィアはかなり鋭いところがある。メイドの性というやつなのだろうか?
「・・・戦闘力があり、しかもダンジョン探索も護衛の方と既に行っているような息子をいとも簡単に廃嫡など、普通するものでしょうか?」
やはりソフィアが訊ねたのは面倒なことだった。
「さあな。親父に聞いてみるといいさ。」
親父は俺がそれなりに戦えることも、ダンジョンに潜っていることも知らないはずだ。
「―もしかして、そのことについてヘイム侯爵様はご存知ないのでは?」
「そうだな。親父はそのことを知らない。」
確か、これは既にラズリーには伝えてあることだ。
「・・・お嬢様、どう思われますか?」
「そうね・・・。私もヘイム侯爵家の事情は詳しくは知らないのだけれど・・・。」
ラズリーは言い淀む。
「――ねえ、イシュバーン。貴方、私に話しかけるより、もっとずっと以前に私のお父様と面識があったの?」
「どういうことだ?」
「私、貴方を私の護衛に推薦したいってお父様は二つ返事だったの。あの事件のときだってそう。いくら公爵令嬢だからってあんなことをする義理はないはずよ?あのよく分からないモノだって言っていたわ。公爵令嬢の護衛かって。でもお父様に聞いても詳しく教えてくれないのよ。」
「―まさか。言ったろ?たまたま居合わせただけだって。」
おそらくテレジア公爵には学園長から何らかのコンタクトがあったのだろう。
もしかすると、それ以外に何か意図があるのかもしれないが、それについては俺が考えてもどうしようもないことだった。
「そう・・・。」
「さあ、先に行こうぜ。」
俺は話題を切り替え、二人に先を急がすことにする。
そうしてしばらく進んでいると、おそらく例のイベントに通じる通路を発見することができた。
「―この辺りに目印でも置いておくか。」
まるで、何でもないというように俺は蛍石を置く。これで夜に来たときにこの場所を見落とすことがないだろう。
「それは?」
ラズリーが聞いてくる。
「これは蛍石という物だ。ダンジョン探索で目印になるんだ。」
「初めて見たわ・・・。」
ラズリーは俺が置いた蛍石を手に取って見つめる。
「まるで何度もダンジョンに潜ったことがあるように見えます。」
それに対して、ソフィアが目を細める。
「――気のせいだろう。俺がダンジョンに潜ったのはほんの数回さ。」
「さ、それを置いて先に進もう。」
俺は先を急がすことにする。
とりあえず、俺の初日の探索の目的は完了である。後は、ゆっくりとダンジョン内を見て回ることにしよう。
そうしてしばらく見て回っていると―。
「―あれ、イシュバーンじゃないか?」
ルディと遭遇した。エミリーと一緒かと思ったが、やはりそうではないらしい。見れば、ルディの護衛と思われる護衛が数人付いていた。
「おお、ルディじゃあないか。」
とりあえず俺もルディに挨拶をすることにする。
「って、ラズリー様?護衛は二人で、お前とメイドだけ!?」
ルディが驚いたように言う。ルディの表情からして、公爵令嬢の護衛としてはかなり心許無いという意味だろう。
「まあ、そうだな。」
「おいおい、そんな数で大丈夫なのかよ?」
「―問題ないわ。私だって戦えるもの。」
俺の代わりにラズリーが答える。
「おまえこそ、ルディ。――そんな装備で大丈夫か?」
ルディを見ると、わざわざチェーンメイルにボディアーマーを着ており、とても動きにくそうだ。
「大丈夫だ、問題ない。」
ルディはニカッと笑う。こういうときに限って人の言うことを聞かないのがルディという男なのかもしれない。
「―? 先ほどから何か聞こえないか?」
―ちょうどそのとき!
「―魔法よ!!」
ラズリーの声が響く!
ゴォっという音を響かせ、火球が飛来する!ちょうどその射線にはルディがいる!
「ルディ!!!」
俺はルディを突き飛ばす!
―間一髪、ファイアボールは避けることができたが―
「おふぅ!!」
待ち構えていた別のゴブリンの剣がルディに直撃する!!!
「いかん!!!」
あれは致命傷になりかねん!!
ゴブリンの剣がルディの命を刈り取ろうとする―!
『———————————————』
「ぐはっ!!」
だが、ルディは深く切られたものの、まだ生きているようだ!
俺はすかさず持ってきていたポーションをルディに振りかける!
「ラズリー!!」
「―任せて!アイシクルダンス!!!」
魔法陣が複数、瞬時に形成され、複数の氷柱がゴブリンどもに命中、直ちにゴブリンは魔石に変わった。
「―ルディ様!!」
ルディの護衛が駆けつけてくる。
「だ、大丈夫だ・・・。」
ルディはぜえぜえと息をしながら答える。
そして、ルディは駆けつけてきた護衛に言うのである。
「はあ、はあ。危なかった・・・! 次は一番いい装備を頼むよ・・・!!」
そして、ルディは俺を見て続ける。
「はあ~。何か声。そう、声が聞こえてきたんだ!! それに助けられた気がする。確か、――神は言った、なんちゃらかんちゃら。」
それを聞いて俺は驚くより他なかった。
―ルディ、おまえはまさか・・・
――あの伝説の、全てを救う男だとでもいうのか――?
・・・俺はきっと今日この日のことを、まるで昨日のことのように覚えているだろう。
何となくそう思った。