11話
――ガラガラガラ
馬車の走る音が聞こえる。窓の外には田園の景色が流れていく。今、俺たちは馬車に乗って、アレクの街まで向かう途中であった。
大人数でダンジョン内を探索することになる。ある程度護衛の数は絞った方がよいという判断により、ラズリーの護衛は何と、俺とソフィアのみということのようだった。
公爵家の馬車の中は俺と、ラズリーとソフィアの三人で、あとは御者という構成だ。御者はともかく、護衛が俺たちだけで心細いとは思わなかったのだろうか?
―本人に聞いてみることにするか
「なあ、ラズリー。俺たちだけで良かったのか?」
ラズリーの方を見ると、何やら手鏡を見ているようだった。そういえば、今日は少し目元や口元がはっきりしている。もしかして薄く化粧を入れているのかもしれない。
「ん?良いわよ。何か問題があって?」
手鏡はそのままに、目だけこちらを見て言う。
「いや、ラズリーがそれで良いと言うのであれば、俺も問題ない。」
「前も言ったけれど、ダンジョン内は人がたくさんいる状況になると思うの。人が多ければ多いほど良いというわけではないからね?」
「―化粧、したのか?」
「あ!やっぱり分かる??」
ラズリーは少し嬉しそうだ。
「―驚きました。イシュバーン様がそのことに気が付くとは。」
むしろ、ソフィアが本当に驚いたように言う。
―こいつは俺を一体何だと思っているんだ?
「ソフィア、お前は俺を何だと思っているのか?」
さすがに朴念仁じゃああるまいし、女性の化粧ぐらいは気が付くことができる。
「それは私の口からはとても。」
そう言うと、ソフィアは大げさに自分の口を手で塞いで見せる。
「ソフィー、はっきりと言ってやりなさいよ。朴念仁って。ふふふ。」
代わりにラズリーが答える。
「―おい。さすがに朴念仁はないだろう、朴念仁は。」
――何故か知らないが、今日のラズリーはご機嫌だな
ダンジョン探索以外に何もすることはないはずだが、何か良いことがあったのだろうか?
「ラズリー、何か良いことがあったのか?」
「え???」
そう言うと、ラズリーは手鏡を仕舞ってしまった。
「お嬢様にとっては、こうやって少人数でイシュバーン様とお出かけをするのは初めてですから。」
今度は代わりにソフィアが答える。
「ちょっとソフィー!」
慌てるラズリー。
「大丈夫だ。化粧なぞしなくても充分に可愛らしいぞ?」
俺は率直に言う。
「そ、そう・・・?」
ラズリーは俯いてしまった。どことなく頬が赤い。
「―イシュバーン様。それではせっかくお嬢様がお化粧をした意味がなくなるので、あまり良い感想とは言えませんね。」
ソフィアが淡々と言う。
「俺は思ったことを素直に言ったまで。」
「そこは素直に、『俺のために化粧をしてくれて嬉しい』とおっしゃればよいのです。」
「ちょっとソフィー!!!」
ラズリーが顔を真っ赤にして言う。
「―ゴホン。失礼致しました。」
ソフィアが何とでもないというように言う。
「・・・ソフィア、お前、一体いくつなんだ?」
このソフィアと言うメイドは俺たちと同じ年くらいに見えるが、実際にはずっと年上であるのかもしれない。
「私ですか?私はお嬢様やイシュバーン様より一つばかり年が下にございます。」
―まさかの年下だった。
「・・・私もソフィーの年齢が時たま分からなくなるのよね。」
ふう、と息をつきながら言うラズリー。
「そうだな。てっきりずっと年上かと思ったぞ。」
「・・・私からしてみれば、イシュバーン様の方がよく分かりません。」
こちらを見てそんなことを言うソフィア。
―ん?どういうことだ?
「―どういう意味だ、そりゃ。」
するとふっと目を外し、
「・・・失礼致しました。何でもございません。」
そんなことを言うのだった。