13話
「―おや?」
女性がこちらを振り向いた。
「何だ、誰かと思えば。」
イシュトが口を開く。
「すまんな、邪魔をする気はない。威勢の良い掛け声が聞こえたものでな。」
「僕も次のダンジョンの合同探索に参加することになっているんだ。」
イシュトはどうやらやる気に満ち溢れているようだ。
「―そいつは良かったな。」
そのことに関して特に何の感情もないが、とりあえず褒めておくことにする。
「兄さんはどうするのさ?」
何故かイシュトは俺のことが気になるらしい。
「俺か?俺はどうもしない。ルディのやつが参加するだろうから、俺も参加しようかとは考えている。あいつはどうにも危なっかしいからな。」
「ルディってあの子爵家の?」
「そうだ。」
「危なっかしいって兄さんが言えた口なの?」
イシュトが挑発するように言う。
「さあな?何と言おうと俺の自由だろう。」
イシュトとまともに相手をすると埒が明かないので、適当に答えることにする。
そんなどうでも良い話をイシュトとしていると―
「イシュト様の兄上のイシュバーン殿に間違いないか?貴殿は随分と怠け者であると聞いているが・・・。」
イシュトの剣の師であろう女性が考えるようにして言う。言葉遣いから、おそらく王国騎士なのだろう。
「それついては反論したい所だが—。この俺に何か用か?」
このようなことに、わざわざ反論していたのではキリがない。
「いや・・・。私と手合わせを願えないだろうか?」
その女性から提案されたのはかなり意外な事柄だった。
―手合わせ。何のために?
急な提案に若干戸惑ってしまう。が、あいにく俺の剣の腕前は初心者である。むしろ剣に関してはイシュトの方がかなり出来るだろうと思う。
「・・・正直に言うと、剣に関しては俺よりもそこのイシュトの方が出来る方だと思うぞ?」
どういう風に返答するべきか少し迷ったが、俺は事実を言うことにした。何を勘違いしているのかは知らないが、相手に妙な期待を抱かせるわけにはいかない。
「兄さんにしては物分かりがいい。」
弟は上機嫌のようだ。
「・・・」
女性は黙りこんでしまう。
「イシュトよ、お前よりも強い者はこの世にいくらでもいることを忘れるなよ?」
多少イシュトの態度が鼻についたので、クギを刺しておくことにする。
「そんなこと分かってるさ!」
急に声を荒げるイシュト。
―イシュトのやつもまだまだだな
俺はそう思って、踵を返し、セバスの所に向かうことにした。途中振り返ってイシュトの剣の師の顔を見るも、依然として難しい顔をしていた。
「セバス、いるか?」
俺は執事室の扉をノックし、そのまま執事室に入る。
「―おや、坊ちゃんでしたか。」
セバスは椅子に座って何かの書類仕事をしていたようだ。
「ああ。仕事中、すまない。実はな、剣の訓練場に行こうと思うんだ。」
「剣の・・・。そうですね、確かにそろそろ他人と剣を合わせる訓練をするべきかもしれません。」
そう言うと、セバスはうんうんと頷く。
「想定していたよりも少し早いが、実のところ素振りだけをしていても実際に剣が上達しているのかよく分からなくてな。」
「そうですね、私も坊ちゃんは少し外で揉まれるのが良いと思います。ですが、素振りは剣の基本。毎日少しでも良いですから、続ける方がよろしいかと。」
「そうだな。なるべくそのようにする。」
メインである鍛錬の合間をぬって素振りをしておくことで、剣の上達には繋がらないとしても、そのカンを鈍らせることを防ぐことはできる。そういった意味では素振りを続けることに意味はあるのだろう。
「ところで、中庭に女性が来ているようだが、イシュトの剣の師か?」
俺はセバスに聞いてみることにする。
「そうですね。彼女はアーリン・ハミルトン。エルドリア王国騎士団の師団長ですよ。」
―師団長か
随分と親父も気合が入っているな。
王国騎士は、王国騎士団長、王国騎士副団長、そしてその下に各師団長がつく構成だ。もちろん、師団長の下にも、それぞれ騎士階級が存在する。
「親父も随分と気合が入っているな。」
「それは当然でしょう。イシュト様の評判はかなり貴族の間でも良いのです。」
「―それは何よりなことだ。」
俺はそこまでヘイム家に思い入れがあるわけではないが、実家が安泰なことを喜ばぬ者はいないだろう。
俺がそう言うと、
「坊ちゃんは本当に不思議な方ですね・・・。」
セバスもまた何かを考えるようにして言うのだった。




