4話
―美味い
未だかつて日本食をこれほど美味いと感じたことはなかったかもしれない。もちろん、味以外に、それがかつて慣れ親しんだ生活を思い起こさせることもその理由にあるのだろう。
「美味いな・・・。」
ポツリと呟く。
「そう?お口に合ったようで何よりよ?」
夕日はテーブルの向かい側で同じように飯を食べている。
「ねえ、明君はどこから来たの?」
夕日がそんなことを聞いてくる。確かに気になるであろう事柄だ。
「俺は・・・。そうだな、実家を家出している最中なんだ。」
本当は家出どころか、異世界帰りとでもいうか、そんなわけだが、それをそのまま伝えるわけにはいかないだろう。
「家出かあ。ダメよ、お家の人に心配かけちゃうわ。今からでもお家の方へ電話しましょう?」
極めて常識的なことを言う夕日。
「いや、それには及ばない。俺が家出をしているのは既に家の者も承知の上だ。」
仮に俺が家出をしたとしても、文句の一つや二つですら言われはしないだろう、ということは十分に推測できることである。
「・・・そうなの?」
夕日はわずかに頭を傾ける。
「ああ。そういうことで、俺の家の者については心配は無用だ。」
理由はどうあれ、心配無用である。むしろ心配しなければならないのは、家のことではなく、こんな所に来てしまった自分自身であるだろう。
普通俺ぐらいの年代であれば、ここでは学校に通うことが普通のはずだが、夕日はそのあたりのことは俺に気を遣っているのか、聞いてくることはなかった。
「――店の移転先はどんなところなんだ?この場所もそんなに悪くないと思うが。」
この場所は大通りから少し脇に逸れた場所にあるが、その分人通りが少なくひっそりとした感じで、それがまた良い雰囲気を出しているように思われた。
アンティークショップの雰囲気という点では最適な場所ではないだろうか?
「ここも悪くはないんだけれど、少し人通りが少なすぎるのよねえ。次の移転先はもう少し広めの、通りに面した場所よ?商店街にあるからそれなりにお客さんの目につくと思うわ。」
なるほど、確かに良い雰囲気の場所に店があったとしても、人の目につく場所になければ、客が来店することは少ないだろう。
「商店街か。それは良いところを見つけたな?」
「そうねえ。でも最近は郊外にある大規模スーパーにお客さんを取られがちみたいなの。とはいえ、うちはアンティークショップだから人通りがあればあるほど良いというわけではないのだけれど。」
人通りが多ければ、確かに良い雰囲気の店を出したところで雑踏に埋もれてしまうだけなのかもしれない。
「ショップの場所というのも一筋縄にはいかないんだな。」
俺は自分の思ったことをそのまま言う。
「ええ、うちみたいな店だと特に、ね。」
何か思う所があるのか、しみじみとした様子で言う夕日。
「――この店は誰が始めたんだ?」
今の口ぶりからすると、店を始めたのは夕日ではないのかもしれない。
「・・・この店はね、私のお父さんが始めたの。」
夕日は少し懐かしむような口ぶりで言う。
夕日の様子から創業者であるその父親は、今は店にあまり関わっていないようだった。
「・・・」
俺はこれ以上踏み込んで事情を聞くことは躊躇う。
「ふふ、明君、気を遣ってくれているのね。」
そう言うと、夕日は穏やかに笑う。
「俺は今日バイトに入ったばかりだからな。」
どんな事情があるか知らないが、いたずらに他人のプライベートな事柄に踏み込むべきではないだろう。
「・・・さて!食べ終えたことだし、作業を続けましょうか?」
そう言うと、夕日は立ち上がり、てきぱきと空になった食器を片付け始める。
「明君、先に下に降りていてくれるかな?私、洗い物をしてそれからにするから。」
「ああ、分かった。」
俺は手短に答えて、先に自分の作業場、つまり店のバックヤードに向かう。
―本当は夕日もこの場所から移転することは嫌なのだろうな
俺には何となくそんな風に感ぜられた。




