3話
カウンター横にあったアンティーク雑誌に目を通していると
カランカラーン
店の扉に備え付けられていた鐘が涼しげな音を立てる。
―誰か来たようだ。
扉の方を見ると、男が立っていた。男といっても、高校生ぐらいで、俺も見た目はそれくらいであるはずなので、店番と客ということを考えると少し変な感じではある。
「あれ、夕日さんは?」
そいつは俺にこの店の店主はどこに行ったのかと訊ねてくる。
「ああ、今昼飯を作りに二階に行っている。」
俺はあっさりと答える。おそらくは夕日の知り合いなのだろう。
「・・・君は?」
今度は俺のことが気になったらしい。
「俺は臨時で入ったただのバイトさ。」
とりあえずこれくらいの自己紹介で通じるだろう。
「ああ、そういうこと。」
その自己紹介で納得したのか、興味を失ったのかは知らないが、そいつはぶっきらぼうに答える。
「ちょっと呼んできてもらえる?」
―まったく人使いが荒いヤツだ
目を細めてそいつを見る。
だが、俺はこの店のバイトであるので、そいつの要望に応えることにする。
「ちょっと待っていてくれ。」
俺はそいつにそう言うと、二階の階段を途中まで上り、
「夕日さん、お客様だぜ!」
そこから二階に声をかける。おそらく二階は居住空間だと思われるので、勝手にそこに行くのはどうかと思ったからである。
「はーい、今行く!ちょっと待ってて!」
二階の部屋から声が聞こえてきた。二階からは料理のいい匂いがした。
俺は階段を下に降りて、
「すぐ来るってよ?」
そいつに伝えることにする。
「聞こえてた。夕日さん、何してるの?」
「昼飯を作っている最中だ。それで俺が店番をしているってわけだ。」
俺はそのまま自分に任された仕事のことを言う。
「なるほどね。」
そいつは短く言う。おそらく俺のことに大した興味はないのだろう。
そのうちに、トントントンッと階段を降りてくる音が聞こえてきて
「―お待たせしました、ってあれ、覚君?」
どうやらそいつはサトルという名前らしい。
「夕日さん、軽トラ、親父が夕方くらいになるって。」
俺は会話の内容からある程度の事情を推測する。
おそらくは引っ越しのための荷物を運搬するためのトラックをサトルの父親が手配するといった話なのだろう。
「良かった、これで段ボールの品物は今日中に運搬できるわ。」
夕日は安心したように言う。
「俺が今梱包しているやつか?」
「そうそう、あと、店に展示していない品物もできるだけ搬出するつもりよ?明君、悪いけど手伝ってもらえるかな?」
夕日は両手を前で合わせてお願いしてきた。
「問題ない。どうせ今日はやることもないしな。」
もちろん、今日どころか、明日の予定も決まってはいない。
「―それじゃ、俺はまた夕方に親父と来るよ。」
サトルはそう言うと、扉をカランカランと音を立てて店から出て行った。
「―知り合いか何かなのか?」
俺はサトルのことを夕日に聞いてみることにした。俺が言うのも何だが、無愛想なやつだと思う。
「ええ。彼のお母様がこの店をよく贔屓にしてくれているのよ?」
どうやら常連客の息子のようだった。
「ささ、二階へ行ってご飯にしましょう?」
そう言うと、夕日は店の外へ出ていく。そして、扉の前のOpenと書かれていた賭け看板を裏返しにする。
「さっきから何を作っていたんだ?」
店の外から戻って来た夕日に料理の内容を聞いてみる。
「今日のお昼はねえ、ご飯に、お味噌汁、それに卵焼きと付け合わせの肉じゃが、オーソドックスな日本食にしたのよ?」
夕日は朗らかに答える。
「日本食か・・・。」
かなり懐かしい音の響きを聞いて、思わず感動してしまう。
―何年ぶりなのだろうか?
日本食そのものに特別な思い入れがあるわけではないが、これまであちらの世界で日本食を口にする機会はなかった。
「―そいつは楽しみだ。」
俺はそう言うと、思わずニヤリと笑ってしまうのだった。




