1話
そんなことがあって、少し経った翌週の休日の朝。
俺はいつもの上下に着替え、いつものルーティンを終え、飯を食い終え、森の様子でも久しぶりに見に行こうかと思い、玄関から出たちょうどそのとき。
玄関を開けたときは何も異常はなかった。いつも離れから見る外のちょっとした庭が見える。振り返り、扉の鍵をかけ、さあ行こうかと振り返ったそのとき。
――俺は見知らぬ場所にいた
いや、厳密には見知らぬ場所ではない。そこは非常に見慣れた大地のどこかだろう。
都会の大小様々な看板、目の前を横切る車道には車が行き交う。
―チリンチリン
「おわ!」
思わず声が出てしまった。俺の目の前を自転車がそれなりのスピードで去っていく。
幸い、俺の格好はいつもの上下であり、むしろこちらの世界では目立たない。ありふれた格好をしている。
「―それでね、・・・っていうことがあったんだよ~」
携帯電話で話しながら目の前を通り過ぎていく女性。
上をふと見れば、いつもの透き通るような青色ではなく、それ以上に嫌になるほど見慣れた灰色がかった青空が見える。
―まさか。そんなことがあって良いものか
だが、そこで話している人の声は、いつも聞く言葉ではないが理解することができるし、何なら話すこともできるだろう。看板の文字だって読めるし、向こうにある妙な店がコンビニであることも分かる。
歩道の真ん中で立ち止まっている俺を、少し年配の男性が怪しむような目で見ながら無言で通り過ぎていく。
見慣れた景色に聞き慣れた言葉。
―間違いない・・・。ここは、日本だ
俺は呆然とするより他ない。
「・・・こんな所で何をしろというんだ。」
俺の独り言は雑踏にかき消されていく。
ここが日本であることは分かるが、日本のどこかはよく分からない。今分かることといえば、この場所がそれなりには都会であるということぐらいである。
―ありえない!!!
俺は叫びたくなる気持ちをただひたすらにこらえる。
少し離れたショーウィンドウに反射する自分自身を見れば、その姿はイシュバーンから変わっていない。
「・・・元の世界に帰る方法を探さなくては。」
そう呟いて、その言葉がいかに馬鹿馬鹿しいことか気が付く。
元の世界に戻って来たのだ。
本来なら喜ばしいことなのだろうが、戸惑うより他ない。こんな姿でこんな場所に放り出されたところで、どうしろというのか。
俺はポケットの中を探してみるが、都合よく金が入っているようなことはない。仮に異世界の方に戻れないとすれば、金が必要だ。この国で暮らしていくには何よりも金が必要であることは俺自身が一番よく分かっている。
俺自身は魔力を持っているが、この世界で魔力など持っていたとしても宝の持ち腐れである。ひょっとして大道芸で使える程度のものだろう。
「この状況は非常にマズイのでは・・・。」
こんな道の真ん中で突っ立っていたところで仕方がないので、とりあえず俺はこの場所から離れることにする。
あてもなく歩いていると、歩道から少し横に入る道の脇におしゃれな店があることに気が付いた。
そこには西洋風の大小様々な商品が棚に並べられていた。それらはちょうど異世界の方でよく目にしたいくつかの調度品によく似ていた。
看板を見ると、『アンティークショップ・風鈴』と書かれている。
他に行く宛もないので、俺はその店に入ってみることにする。
店のカウンターには誰もいない。
その店にある大きな置時計を見ると、現在の時刻はどうやら午前10時41分のようだ。
俺は棚に並べられたいくつかの商品を見る。もしかすると、異世界で見たものと同じものがそこにあるかもしれないと思ったからだ。
「―あら?お客さん?」
すると、店の奥から女性が出てきたのだった。




