19話
そうして、一通りの鍛錬を終えた夜。
ジリリッ
飯を食っていると、ふいにベルが鳴った。
「誰だ?こんな時間に。」
今日は来客の予定はないし、メイドはさっき飯を渡しに来たばかり。考えられるとすればセバスだろうか?
―ガチャ
俺は玄関の扉を開けるが、そこには誰もいない。
「・・・?」
俺は少し奇妙に思いながら再度食卓へ戻ることにする。飯はまだ食い終えてはいない。
ジリリリリッ
すると、さっきより少し長めのベルが鳴る。
―ガチャ
再び玄関の扉を開けるが、やはりそこには誰もいない。
「ベルが故障でもしたか?」
俺は玄関のベルを確認するが、見た感じどこにも異常はない。辺りは日が暮れており、薄暗い。
俺はふと魔眼を発動させる。すると、玄関の前に小さな男の子が佇んでいるのが見えた。
―なんだ?
俺は魔眼を解除してみる。すると、男の子の姿が消える。もう一度魔眼を発動する。すると今度は男の子の姿が見える。
―どこかで見たような?
だが、それが誰であったかまでは、はっきりとは思い出せない。
「おい、何か用か?」
俺は魔眼を発動させた状態で、その子に話しかけてみることにする。
すると、その男の子は俺に何かを訴えるような顔をして、ふっと消えた。
「・・・何だって言うんだ?」
俺はさっきまで男の子が佇んでいた場所に向かって声をかけるが、返事はない。
不可解に思いながらも、俺は玄関の扉を閉める。
―あれは何だ?
この世界には目に見えない存在も確かにある。例えば、代表的なものが俺も戦ったことのあるレイスである。やつらは通常は人の目に見えない厄介な敵であり、倒すためには魔道具や魔法によりその存在を感知する必要がある。
レイスはどこにでも出現することはできない。このような家の周囲は、レイスにとっては見えない結界の中のような状態になるらしく、そのためレイスは人家の周囲や街には現れることができないといった制約があるらしい。
「だが、先ほどのモノは何だ?」
通常の目では見ることができない存在だった。しかし、レイスであればこの離れに近寄ることはできないはず。それに、あれは魔眼を発動して見る限り、人としての姿形を保持していた。
―俺の知る限り、そのようなことができる存在はただ一つ
「・・・ゴースト。」
ここで言うゴーストはレイスのような魔物ではない。本当にいるかどうか分からないが、魔法のない以前の世界でも特定の能力者にはその存在を認識することができるらしいもの、ゴースト。つまりは、幽霊である。
―そんな話があるのだろうか?
俺はどちらかというと、幽霊には否定的だったし、それは今も変わらない。確かにこの世界ではレイスのような存在もいるが、それは魔物であり、いわゆる心霊現象とは無関係であるはずだ。
「見えたり見えなかったり、一体何だというんだ。」
思えば、ここ最近そんな現象によく遭遇する気がする。
―あの子は何かを俺に訴えるような顔をしていた
しかし、そもそも、俺にはあの子が誰であるのかはっきりしないし、仮に誰であるのかが分かったところで何かできることがあるとも思えない。
こうやって一人で考えても仕方がないので、俺は飯を食いに食堂へ戻ることにする。
――心霊現象の話に詳しい奴なんていただろうか?
「一人いたな、そういえば。」
ルディは心霊現象に詳しいというわけでもないが、奴はそういった話題への食いつきはよさそうだった。
何よりルディであればこのような突拍子もない話をしたとしても、大体それはいつものことである。しかも、思えば、ルディが俺と話をするときは大抵妙な顔をしているので、それが格別妙な顔であるわけでもない。
「今度聞いてみるか。」
独り言を言い、口にしたいつもの夕飯はすっかり冷めていたのだった。




