17話
その日の夜、風呂に入りながら今日のできごとを振り返ることにする。
ざぶん
―やはり湯船に肩までつかるのは気持ちがいい。
この世界ではどうだかは知らないが、普通店が移転する場合には店の前に移転の告知を出したりするものだろう。仮に、たとえ夜逃げなどで店が潰れたとした場合だとしても、中身はもぬけの殻になることはあるかもしれないが、店の建物そのものは残っているはずだ。
確かにあの店はボロい店ではあったが、建物の中にあった。だが、俺が今日見た光景は、建物そのものがないというもの。前回金物屋に行ってからそんなに時間は経っていないはずだが、その間に建物ごと取り壊されてしまったのだろうか?
―そもそもあの店に俺以外の客がいるのを見たことがない
そういう意味では、店の経営が上手くいっていなかったというのも頷けるが、あの婆さんからはそんな気配は全く感じられなかった。
―そもそも俺はあの店をどういう風に知ったのだっけか?
記憶をたどるが、たまたまよさげな店を見つけたというより他はない。ぶらっと立ち寄った店に妙な品物が山積みにされていて、その独特の店の雰囲気が俺を強烈に引き付けたのだ。
「一体どういうことなんだ?」
俺は風呂に入りながら独り言を言う。
――次の休みの日に、もう一度店のあった場所まで行ってみるか
あのとき見逃した店の痕跡を見つけることができるかもしれない。あるいは、俺たちが見逃していただけで、移転先がどこかに掲示されているのかもしれない。
とにかくあの店は俺にとって代えのきき難い店であることが分かったので、仮に移転してしまっているのであれば、どうにかして移転先を知る必要がある。潰れてしまったのなら、せめてあの婆さんを探し出し、商品の仕入れ元くらいは聞いておきたい。
そういうわけで、その週の魔法学院の休みの日に俺は店のあった場所にやってきたのだが―。
「店が、ある・・・。」
そう、俺の目の前にはいつもと変わらず見慣れた金物屋が存在した。
「おいおい、どういうことだ?」
俺は店の前で腕組みをして考え込んでしまう。
昨日の今日で、潰れた店が復活するなんてことはあるものだろうか?厳密には三人で訪れた時間は昨日ではないが、似たようなものだ。
この店の規模は小さいとはいえ、一応は基礎のある建物であり、更地から建て直そうとすると、この短時間では難しいのではないか?俺は建築の専門家ではないが、それくらいのことは分かる。
―しかも、店の汚れ具合も以前と変わらない
店の中の汚れ具合も、店の建物のボロさもほとんど完璧に再現できている。仮に更地からもう一度建物を作ったとすればもっと新しい様子になるはずだ。
つまり俺は今、ありえない光景を目にしているのだ。
「実は三人で訪れた場所が全く別の場所だったか?」
あり得ない話ではないが、あの時だけ全く別の場所に案内するといったことが起きるとは考えにくい。
色々と考えた結果、最も可能性があるのは魔法である。
ここは魔法国家であり、あの婆さんが魔法使いであるとしても別段驚くことはない。
―魔法を使って幻覚を見せたのだろうか?
しかし、あの時俺は魔眼を使用している。もし幻覚を見せられていたのであれば、魔眼が何らかの異常を検知してもおかしくないはずだが・・・。
考えても埒が明かない。そこで俺は一番手っ取り早い方法を試すことにする。そう、店の中に入り、婆さんに直接聞くのである。
「おや、イシュバーンかい。今日は何を買うんだい?」
いつものようにのっそりと婆さんが店の奥から出てくる。
「ああ、婆さん、今日は特に買いたいものがあるんじゃあないんだ。」
「うん・・?じゃあどうしたっていうんだい?」
婆さんは首を少し傾げる。
「ああ。婆さん、実はな、先日ここに俺の友人と一緒にここを訪ねたんだが・・・。その時にこの店がここに無かったんだ。」
妙なことを言っている自覚はあるが、これ以外に上手い伝え方が思いつかない。ありのままを言う他ないだろう。
「おや、店が無かったのかい?」
婆さんはそう言うと、近くにあった椅子によっこいせと座る。
「ああ。店が無かった。」
俺は再び婆さんに言う。
「そいつは奇妙なことだねえ?」
そう言うと、パイプたばこをどこからともなく取り出し、一服する婆さん。
パイプたばこなんて、この世界はおろか、前の世界でもほとんど見たことがなかった。
「婆さん、何か魔法でも使ったのか?」
俺は直接婆やに聞くことにする。
「いんや?魔法なんて久しく使っちゃあいないよ?」
そう言うともう一度たばこをゆっくりと吸う。その様子はどことなく楽しそうに見える。
「それなら、あれは何だって言うんだ・・・?」
「さあねえ。おまえさんの思い違いぢゃないのかい?」
あの特徴的な笑い声で婆さんはカラカラと笑うのだった。




