14話
その日、訓練から家に戻ったとき、弟が話しかけてきた。
「模擬戦をやろう、兄さん。」
いつになく、弟の顔は真剣である。
「―どういう風の吹き回しだ?」
俺は弟の目的を勘ぐる。
転生者とはいえ、実際のイベントを全て把握しているわけではない。
これは、明らかに俺の知らないイベントだ。
「兄さん、ハーヴェルって平民と模擬戦をやるだろう?とてもハーヴェルには勝てないって聞いた。兄さんが廃嫡される前に、一度模擬戦をやっておきたいんだ。」
ハーヴェルに敗北することが、弟の中では規定事項のようだ。そして、その考えは全くもって正しいのだが。
「ふん、お前となど模擬戦をする必要すらない。結果は火を見るより、明らかだ。」
そりゃそうだろ。イシュトを相手にジンライも古武術も封印するのだ。俺のへぼい剣とサンダーボルトではイシュトにすら敵わないだろう。
「逃げるのか!兄さん!」
弟はこちらを睨みつけてくる。
「なぜそんな面倒なことをしなければならん?」
「せめてもの・・・。せめてもの、俺の情けだ!」
まあ、その気持ちは分からんでもないが、それを有難く受け取る俺ではない。
「―ふん。痛い思いをするのは、お前だ。やめておけ。」
そうして、手をひらひらとさせて自室に戻る。
カーテンを閉め、扉の鍵を閉め、やるべきことは決まっている。
―鍛錬だ。
ハーヴェルとの模擬戦を乗り越えたところで、イベントは目白押しだ。それらを乗り越え、夢の「領地に引きこもってハッピースローライフ」を送るためには、どうしたって鍛錬が必要であるのだ。
・・・領地に引きこもってというのは、少し難しいかもしれないが。
翌朝。
窓から朝日が差し込むか差し込まぬかといった、早朝。
俺は、元々朝は苦手だった。
「坊ちゃん、起きてくだされ。」
「セバスか。いつもすまない。」
この時間は、親父やイシュトはまだ寝ている時間だ。
がばっと飛び起き、素早く着替える。
こうして、俺は執事のセバスに毎朝起こしてもらっている。その代わりにたまに森で取れるボアの肉を提供しているのだ。
ボアの肉は好評であり、料理長からたまに俺にもお裾分けがくるが、その美味さは納得の一品である。
さあ、朝起きたら、ランニングだ。俺は体術を使用するため、体力作りは欠かせない。いつものように、邸宅の周りを数周する。
ひと汗かいたら、さっさと風呂に入って誰よりも早く朝飯を食う。その後に、学院に向かうのだ。
学校に着いたら、自分の席に着く。そして、講義が始まるまで寝るのだった。
「―イシュバーン、おい、イシュバーン。」
隣の席のルディが声をかけてくる。
「なんだよ、ルディ。」
まだ講義が始まる時間じゃあないはずだ。
「おまえ、この後、魔法の練習に付き合え。」
「何だ、今日は珍しく雪が降りそうだな?」
これは俺の率直な感想である。
「ばか言え、まだそんな季節じゃない。」
「なるほど、俺を反面教師としたか?」
そう、次のハーヴェルとの試合に、俺とアイリスとの関係がかかっていることはクラスの皆の知るところだった。
「・・・そうだ。お前には悪いけどよ?」
「ふん、いいだろう。問題ない。たまにはお前の練習に付き合うのも悪くはないな。」
―何か俺の魔法の鍛錬のヒントを得られるかもしれないしな。
ルディの属性は土。その属性自体はそれほど珍しいものではないが、ゴーレムを作成し、自由に操ることができるのは、かなり珍しいのである。
ゴーレムを何体も同時に操作できるほどの技量となれば、宮廷魔術師も夢ではないだろう。
ルディが宮廷魔術師を目指しているかどうかは知らないが、ゴーレムをたとえ1体でも自由に操ることができるのであれば、エミリーのハートを射止めることは容易いだろう。
そうして、いつもの屋上で飯を食った後、俺は練習に付き合うことにする。




