7話
エティナが部屋を出ていったあと
「いやあ、すまないね。イシュバーン。」
言葉の内容とは裏腹に飄々とした感じで言うレグルス。
「・・・モノクルを持ってきていないのでは、どうしようもないのは分かった。」
「―学院長、本当にそんなものが?」
ルディが驚いたようにレグルスに言う。
「やはり、気が付いていたんだね、イシュバーン。」
レグルスは特に驚いた様子でもないようだ。
「・・・あれだけモノクルに触ってりゃ、別に俺でなくても気が付く。」
さすがにあれはモノクルを触りすぎだと思う。
「その通りだよ。私の魔道具にはそういったものが存在する。ただし、あれは貴重なものだから、普段持ち歩いたりはしないんだよ。」
「でも何故イシュバーンがそのことを知っているんだ?」
ルディが不思議そうな顔をする。
「ラズリーが襲われた例の事件の後、レグルスに呼び出されてだな。ほら、よくドラマでも言うだろう?第一発見者を疑えと。」
「ドラマ?」
ルディが気になったようで、ドラマとは何かを聞いてくる。
「―歌劇のことだ。」
つい元の世界の言葉を話してしまった。こちらにはドラマに該当する言葉がないので、ドラマと言って言葉が通じるはずもない。
「その通りだよ。イシュバーン。」
レグルスは何でもないといった具合で俺の言ったことを肯定する。
「レグルス。あれがあれば、俺の言ったことが真実であると分かるはずだ。後で試せ。」
「その必要はないよ、イシュバーン。私は君の言ったことが真実であると分かっている。」
レグルスは相変わらず飄々としたように答える。
「では何故エティナを帰らせた!?」
「あの場で彼女を悪い立場に立たせることが得策ではないからさ。それに追いつめられると、どのようなことをするのか分からないのが人間というものだろう?それは彼女には限らない。」
レグルスは淡々と言う。
―確かに一理ある。
ここには俺以外に、ラズリーやソフィアなどの使用人、そしてルディもいる。仮に俺が無事だったとしても、皆が無事である保障はどこにもないのだ。
「・・・」
俺は黙るより他なかった。
「―少しは落ち着いたかい?」
「ああ。確かにその通りだ。確かにエティナが魔法を発動させた場合、皆が無事である保障はないな。」
おかげで少し頭が冷えたようだ。
「―ラズリー、それでは僕はこれで帰るとするよ。エティナには気を付けなければならない。けれど、君にはイシュバーンが付いている。彼の強さは誰よりも君が一番知っているだろうからね。」
「―はい。」
短く肯定するラズリー。
それを見てレグルスはうんうんと頷いて、ではね、と言って部屋から出て行った。
レグルスが出て行ってから、
「イシュバーン、一体全体どういうことだ?」
ルディが頭にハテナを浮かべて俺に聞いてきた。
「ルディ、別にどうもしない。たまたま俺がラズリーを助けたことがあったというだけさ。」
「あ、ああ。そうだよな。」
ルディは何だか釈然としないようだが、納得したようだ。
事情を詳しく知らないルディには悪いが、俺も全てを説明できるわけではない。そして、それは今回のエティナの件についても同じことだ。
―今回の件については俺自身が、誰よりも釈然としないものがある
あのとき、エティナはあの何かに食われかけていた。あれをそのまま見過ごすことがあればどうなっていただろうか?
俺は首を横に振る。きっとあの場面ではああすることがベストだったのだ。何故だか分からないが、俺の直観がそう囁くのだった。




