6話
「話はルディから聞いているよ。」
確かにレグルスは、今日はあのモノクルを付けてきてはいないようだ。
「ああ。どうやら今は眠っているらしい。」
俺はレグルスに言った。
「―ふむ。それでは起こしてみないとだな。」
そう言うと、レグルスはポンポンとエティナの肩を叩く。
すると、エティナが気だるそうにして目を開ける。
「・・・どちら様でしょうか?」
目を擦りながらレグルスに言った。
「―ふむ。はじめまして・・・ではないよね。私は魔法学院アルトリウスで学院長をしているレグルスという。」
自己紹介を始めるレグルス。
すると、エティナは飛び起きて、
「―失礼致しました。私はエレノア家の長女のエティナと言います。」
エティナはベッドに座って、自らの自己紹介を行う。
「具合は大丈夫かい?」
レグルスはエティナに優しく言う。
「ええ・・・。」
そう言うと、レグルスの後ろで腕を組んでその様子を見ている俺をチラっと見た。
「どうやら危ないところをイシュバーンに救われたと聞いているよ。」
―何?
どういうことだ?と俺はルディを睨む。
ルディは困惑した様子でぶんぶんと手を振る。
「——レグルス。詳細が正しく伝わっていない。まずそいつが俺を襲ってきたんだ。」
どうやら正しくルディからレグルスに情報が伝わってはいないらしい。そこで、俺は最も重要なことをレグルスに伝えることにする。
「それは本当かい?エティナ。」
レグルスはエティナに優しく訊ねる。
「―いえ、私は廊下でたまたま魔法を暴発させてしまって・・・。それをイシュバーン様に救われたのです。イシュバーン様からすれば、私が彼に襲い掛かったように見えたのかもしれません。」
ふるふると頭を横に振ってそんなことを言うエティナ。
「おまえ、その割には随分と俺に喧嘩を売っていたじゃあないか。」
俺は少し口調を強めてエティナに言う。感情をできるだけ抑えるべきだと分かっていても、声色に出てしまう。
「・・・きっとイシュバーン様の思い違いです。」
少し俯いて言うエティナ。その表情を伺うことはできない。
「―ふむ。エティナ、今日のところは帰りなさい。」
「おい、レグルス!!」
俺は叫んだ。
「イシュバーン。ルディが伝えているはずだ。今日の僕ではこれ以上のことはできないよ。」
レグルスはそんな俺に穏やかに言う。
俺はラズリーの方を見ると、
「私も学院長の意見に賛成よ、イシュバーン。」
少し疲れた様子で言うラズリー。
結局エティナをその場から解放することになった。
去り際に深々とお辞儀をして、その後ちらっと俺の方を見るエティナ。だが、その表情が何を意味するのか俺には分からなかった。
「―姉さん、お疲れ様。どうだったの?」
その後、私は途中で妹のイザベラと合流した。
「イザベラ、そのことは言わないで頂戴。」
―予想外だった。
魔法学院アルトリウスの中で一番魔力が感じられなかったのは、あのイシュバーンとかいう男。
「ラズリーを贄にするつもりだったのよね?でも何故その男も姉さんも生きているの?」
「・・・分からないわ。」
あの禁呪は、贄に捧げる者(対象)に近しい者(標的)の魂を食らい、対象を贄に捧げるというもの。そして、標的が強力であればあるほど、対象を贄にする程度もより強まる。
つまり、イシュバーンの魂を食らい、ラズリーを贄に捧げようとした。
私は、あのイシュバーンとかいう男の魂を食らい、ラズリーを贄に捧げようとした。ラズリーの護衛である点から、きっとそれなりの強さを持ち、しかも、その護衛の中で最も魔力の感じられない者を標的にしたつもりだった。
——標的として、これ以上ない相手を選んだはずだった
「――おかしいじゃない、姉さん。私は約束通り一人でアルトリウスの奴らをやっつけたわ。呑気にお茶でも飲んでいたの?」
強い口調で言うイザベラ。
「私は約束通りアレを発動したわ!!」
イザベラに強く言う。
「じゃあ、あのイシュバーンとかいう男がこうやって何事もなく無事なはずないのよね?」
「・・・ええ。」
そのはずだった。
「今の状況は、姉さんがあのイシュバーンとかいう、ちっぽけな男に――。何もしていないということ以外には説明がつかない。」
妹は苛立ちを露わにする。
「それは・・・。」
私の思い違いでなければ、あろうことか、アレは私を標的にしようとした。
あのイシュバーンとかいう男が何かをやったのは間違いないけれど、あの一瞬で彼が何をやったのかまでは想像できなかった。
—あるいは、アレについて、まだ私たちに知らされていないことがある・・・?
「——いいわ。今回の件は私からちゃんと報告するから。」
妹は冷たく私にそう言った。




