2話
ラズリーの部屋に寝かせるのは危険であり、俺とルディの部屋に置いておくべきだと主張したが、ラズリーは緑色の粘液でまみれた少女を自身の部屋に置くと言って譲らなかった。
「・・・まったく、どうなっても知らんぞ?」
今俺はラズリーの部屋の扉の所で、少女の肌が見えないように待機している。ラズリーとその使用人で改めて濡れたタオルで肌を綺麗にしているようだった。
「なあ、イシュバーン。いくらなんでも警戒しすぎじゃないか?」
俺と同じように部屋の扉のところで待機しているルディが吞気なことを言う。
「お前はあれを見ていないからそんなことが言える。」
―あんなものは原作でも見たことがない。
見た瞬間、非常に禍々しい気配がした。俺の感覚に間違いはないだろう。
しばらくすると、ラズリーがこちらにやって来る。
「一旦体を綺麗に拭いたから、大丈夫よ。」
「ああ、分かった。」
そう言うと、俺はラズリーとその使用人の前に出る。
「・・・ねえ、警戒し過ぎじゃないの?」
ラズリーもルディと同じようなことを言う。
「俺はラズリーの護衛だったよな?そいつはラズリーを害しうる能力を持っている。」
本当はラズリーにも使用人にもこの部屋から避難してもらいたいが、これまでのラズリーの態度から、そうしないだろうことは明らかだろう。
コンコン
部屋の扉がノックされる。
「お嬢様、ソフィアです。」
すると、ラズリーの使用人の一人が扉を開け、失礼しますと小さく言って、ソフィアが部屋に入る。
「具合はどうなのですか?」
ソフィアがラズリーに聞く。
「まだ目が覚めないわ。」
ラズリーがソフィアに言う。
俺は寝ている少女から目を離さずに、横にいるルディに気になっていたことを聞くことにした。
「なあ、ルディ。俺はハーヴェルが他の学院生を相手に膝をついているのを見たが、あれは俺の見間違いじゃあないのか?」
「・・・ああ。イシュバーン。見間違いなんかじゃない。」
そんな展開を俺は知らない。
「誰が相手だったんだ?エルディスの学院生か?」
「そうだ、イシュバーン。——確か、」
ルディがそこまで言うと、
「そこで寝ている子の妹さんね。」
ラズリーがルディに代わって答える。
「試合はどういう風に進んだんだ?」
ハーヴェルが少女相手に手を抜いた可能性も否定しきれない。
「・・・そうね。ハーヴェルが魔法を放つんだけど、それがことごとく、見当違いの方向だったのよ。」
「試合展開は一方的だったぜ? ハーヴェルの放つ魔法はまるで相手に当たらず、逆に相手の放つ魔法は全てハーヴェルに当たるんだからな。」
ルディが今でも信じられないといった感じで話す。
俺はその魔法に心当たりがあった。おそらく幻覚系の魔法だろう。
幻覚系の魔法は、確か光属性の魔法もしくは暗属性の魔法のいずれかに存在したはずだ。
光属性の魔法は光の歪みによって誤認させ、暗属性の魔法は対象の精神に作用し誤認させる。いずれにせよ、かなりやっかいな魔法である。
だが、それらはそんなに長時間行使できるようなものではないはずだ。
―いや、卓越した術者であれば、その限りではないか
そんなことを考えていると、
「・・・あれは幻覚系の魔法かしら?」
ラズリーが自分の顎に手を当てながら独り言のように呟く。
予期せず話題がそちらに転がったので、俺はそれに乗っかることにする。
「幻覚系の魔法?」
俺はラズリーに確認する。
「ええ。特殊属性の中には、そういったことができる魔法があると聞いたことがあるわ。」
―さすがはラズリーだ。
「レティが言っていたのよ。私の本当の得意技は皆を眠りにつかせることなんだ、て。」
そういえば、レティの属性は木。木属性にはスリーブやパラライズといったやっかいな状態異常を生じる魔法が存在した。
「――きっとあれは特殊属性の魔法の何かよ。」
ラズリーが自らに確認するように言うのだった。




