エピローグ
「・・・妹がいた覚えはないが。」
嫌味な弟ならばいるがな。
「そうですか。それは残念ですわ。」
そう言うと、そいつは一歩、また一歩と近づいてくる。
「―止まれ。俺に何の用だ?」
「・・・何も。でも、あなたがとても邪魔なのです。」
そう言うと、そいつは俺の方に手を伸ばし、何やら呟く。
―今何て言った?
決して聞き取れない音量ではなかったが、聞き慣れない単語だった。
―詠唱の類か!?
俺は魔力を一気に集中させる!
「―うふふ。無駄ですよ?私からは逃げられません。」
そう言うと、そいつの背後に巨大な口が出てくる。
―この俺が逃げるだと?
「・・・何をどう考えれば、俺が逃げるという結論になるんだ?」
―あれは何だ?
あれの能力が分からない以上、うかつに攻撃をすることはできない。
よく見ると、顔のほとんどを口が占め、鼻はなく、その目は糸のようなもので縫われている。何かは分からないが、ロクでもないものであることは確かだろう。
どういうわけか、周囲には人気がない。
―覚悟を決める必要がある
「いいか?この俺に喧嘩を売ってきたのだ。殺されても文句は言うなよ?」
その少女に警告をする。
「まあ!わたくしの心配をしてくださるのですか?」
そう言うと、そいつはにっこりと微笑んだ。
「・・・それでは参ります。」
そう言うと、そいつはもう一度小さくカーテシーをして、
「殺しなさい。」
小さく呟いた。
その瞬間!
それは巨大な口を大きく開けた。
「――っ!?」
少女が振り返ったときには、既にそのぽっかりと大きく開いた口が少女に覆い被さろうとしていた。
全てがスローモーションに見える。
――あれは、いけない。あの女を食べさせてしまうわけにはいかない。
べちょり
俺が気が付いた時には、尻もちをついて震える少女を見下ろしていた。
―何が起きた?
俺は状況を把握しようとする。
いつの間にかあの巨大な口はどこかに行き、周囲には緑色の液体が飛び散っている。
俺のすぐ目の前には緑色の液体にまみれ震える少女。よく見ると、粘液以外の液体も漏れ出ているかもしれない。
どうやら、俺はいつのまにか迅雷を使用していたらしい。
「・・・パンツ、見えているぞ?」
俺が発した一言は、本当にどうでもいいことだった。
「~~~~」
俺の言葉に、真っ赤な顔で、その黒のドレスのスカートでパンツを隠す少女。
―どうすればいい?
まさか、ただ便所に行くだけの間にこんなことになるとは思ってもみなかった。
色々と聞きたいことはあるが、このままここで放置してはおけないだろう。
「・・・立てるか?」
俺がそう言うと、ぶんぶんと首を横にする。どうやら腰が抜けているらしい。
―しょうがない
俺は少女を抱きかかえると、とりあえず来た道を戻ることにする。俺にも、緑色の液体やその他の液体が付着するが、幸い、宿に行けば持ってきた着替えがある。
こいつの目的が何であったのか知る必要がある。しかしそれより先に、色々と汚れてしまっているので、とりあえず綺麗にしてやる必要があるか。
「・・・なんて日だ。」
俺は腕の中の少女を見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。
―まったく勘弁してくれ
俺が通路を抜け、会場に戻ろうというとき、わああああっという大きな歓声が聞こえた。
「――ふんっ。ハーヴェルの奴め。また派手にやっているな?」
そうして、明るい外の光を見て、今まさに試合が行われている石畳を見た、そのとき。
俺が目にしたのは、優雅にカーテシーをする白いドレスの少女と、膝をついてボロボロのハーヴェルだった。
迅雷のイシュバーン、第2部 目指せスローライフ!? 編 について完結です!
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