19話
ついに魔法学院対抗ランクマッチの日が始まる。
「―思えば、今日この日まで色んな困難があった。」
「――そうだ、イシュバーン、俺たちの戦いが今、ここに始まるんだ・・・!」
「―――俺たちの成長の成果を見せてやろうではないか!」
「何を言っているですか、お二人は試合にも出ないのに。何を考えているのですか?」
どこからともなく現れたソフィアが突っ込みを入れてきた。
「・・・ノリが悪いぞ?ソフィア。」
「―それは失礼致しました。」
ソフィアが少し嫌味っぽく言った。
俺たちはラズリーの付き添い人であるので、テレジア家の使用人たちと一緒に観戦することにしている。
会場は魔法学院ベリタスの模擬戦場であり、長方形状のアルトリウスとは異なり、円形ドームの形状をしている。仕様は魔法学院のものと同じで、ある程度の被ダメージが吸収されるというものらしい。
長期休暇中ということもあって、観客は誰もいないのではないかと思ったが、どうやらそういうことでもないらしい。ベリタスの制服を着た生徒で賑わっている。
「せっかくの長期休暇というのに殊勝なことだな。」
俺はふと呟く。
「この大会で成功を収めて、宮廷魔術師にまで上り詰めた方もいらっしゃるようですよ?」
「ソフィアは今日の試合に興味があるのか?」
「むしろ、イシュバーン様は興味がないのでしょうか?」
逆に質問を返されてしまった。
「イシュバーンがこんな試合に興味あるわけないよな~。」
「そりゃお前もだろうが、ルディ。」
そんなやり取りをしていると、
「―少しお水を貰えるかしら?ソフィー。持ってきたレモン入りのをお願い。」
制服を着たラズリーがやってきた。
「お嬢様、少々お待ちください。」
そう言うと、ソフィアが水筒から水をコップに汲み、ラズリーに渡す。
「ありがと。」
ラズリーは短くそう言うと、水をぐいっと飲む。
「・・・ふう。みんな、見ててよね?私、頑張るから!」
――さすがに、今日のラズリーは気合が入っている、か
改めてこの場所から試合会場を見るが、ここから試合場までの距離は迅雷の射程範囲内である。何かあったとしてもすっ飛んで行ける距離だ。
「ああ、頑張れ。」
じっとラズリーの目をみつめる。
すると、ラズリーは少し俯いて、その髪をいじりながら
「・・・ありがと。」
小さく言った。
パンっとソフィアが手を叩き、ラズリーがはっとしたような顔をして、
「それじゃ、私行ってくるから!」
そう言うと、足早に下に降りて行った。
「・・・イシュバーン様、お嬢様をからかうのは後にしてください。」
「おい、今のをどう見れば、からかっているように見えるんだよ?」
俺はソフィアに文句を言うが、それに対するソフィアの返事はなかった。
そろそろアルトリウスの第一試合が始まる頃合いになった。
第一試合は当然ハーヴェルである。結果の予想はできる。
―他のメンバーにも戦う機会があればよいが
下手をすれば、原作のように、ハーヴェルだけ戦って終わりということにもなりかねない。
「・・・ちょっと便所行ってくるわ。」
俺はそう言うと、席を立つことにした。
―たまに、何の用事がなくても行きたくなるときってあるよな?
俺は誰に言うでもなく、そんなことを考えながら、誰もいない廊下を歩いて行く。
辺りには俺の歩く靴の音だけが響く。どうやら周りには誰もいないらしい。
そうして、あと少しで目的地のトイレという曲がり角を曲がったとき。そいつはいた。
「――ご機嫌よう。お兄様。」
そう言うと、そいつは優雅なカーテシーを披露した。




