11話
「―それで?その子も付いて行きたいと?」
ラズリーが腕組みをしながら聞いて来る。
「ああ。変わったやつだが、いいやつだぞ?」
俺はラズリーに言う。
「・・・まあいいわ。日帰りじゃないのよ?当日は貴方の部屋も私たちの近くに予約してあるのに、その子は一人で宿泊してもらうことになるけど、それでいいの?」
どうやら、今日のラズリーは機嫌が悪いらしい。
「ああ。やつは適当に俺の部屋の床にでも転がしておくさ。」
「・・・あのね、イシュバーン。相手の子も一応貴族なのでしょう?」
今日のラズリーはなかなかに棘のある言い方をするな。
「―そうだ。どちらかというと俺と同じくらいの貴族っぷりだ。」
「・・・その貴族っぷりというのがどんなものなのかは分からないけれど。部屋の床に人を転がすなんてこと、普通平民でもしないわ?」
「―俺たちはそういうのが大丈夫な類の貴族なんだ。」
「・・・そんな貴族聞いたことないわ。」
ラズリーが額を押さえる。
「―どうした、ラズリー。体調でも悪いのか?」
「誰かさんのせいでね!・・・事情は分かったわ。今日のところは帰ってちょうだい。ソフィー、門までお送りして。」
そう言うと、ラズリーは戻って行ってしまった。
「はい。お嬢様。」
そう言うと、今までラズリーの後ろで黙っていたソフィアが声を出す。
「すまないな、ソフィア。」
公爵家の門に行く途中、俺はソフィアに見送りの礼を言う。
「―いえ。それよりも、イシュバーン様。もし次回、ラズリー様がイシュバーン様の住まいに泊りに来られるときは、お友達を呼ぶのは差し控えてください。」
「・・・なぜだ?」
確かに、俺ならやりかねないかもしれない。
すると、はあ、とソフィアはため息をつき、
「・・・鈍いですね。とにかく。私からの忠告とお受け取りください。」
呆れた様子で言う。
「あ、ああ。分かった。」
そうして公爵家の門に辿り着き、
「それではイシュバーン様。お気を付けて。」
ソフィアはそう言うと、少し頭を下げる。
俺が公爵邸から帰る途中、門を閉める音が聞こえてきた。
「もう少し、俺の友人はいいやつだとアピールした方が良いのだろうか?」
ラズリーもソフィアも今日は何となく冷たかった。それはきっとルディという人物のことを知らないからだろう。
―まあいい。特に気にするほどのことでもないだろう
侯爵家に戻ると、セバスが庭の手入れをしていた。
「セバス、今日は誰か来るのか?」
「―おや。坊ちゃんでしたか。」
セバスは手を止める。
「ご当主様もイシュト様も今は領地にお帰りになっているので、今日は来客の予定はありませんよ。」
「それにしては丁寧に手入れをしているではないか。」
―そういえば、うちの庭師もいないことはないはずだが、庭の手入れをしているのはセバスぐらいしか見たことがないな?
「突然の来客があるかもしれません。そのときにあの家の庭は、といったことにならないようにしなければなりませんからね。」
わざわざ手入れせねばならないと聞いて、ふとかつての世界で盆栽という珍妙な植物が存在していたということを思い出す。あれを離れの玄関に飾るのはどうだろうか?
―まあ、この世界には存在しないだろうがな
「いや、待てよ・・・?」
「坊ちゃん。どうしました?」
セバスがこちらに聞く。
「いや、何でもない。」
俺は一旦離れに戻ることにする。
―婆やに聞けば盆栽すら出てきそうな・・・
このあと、まだ時間があるな?遠出をすることになるだろうし、何かと物入りになるかもしれない。
「ちょっと金物屋まで行ってみるか。」
俺は少しばかり銀貨を持って金物屋に行くことにする。
―この店もいつも俺くらいしか客がいないのに、どうやって経営を成り立たせているのだろうか?
俺は金物屋に着くと、婆やを呼ぶことにする。
「婆や、いるか?」
「・・・はいはい。―おや。イシュバーンかい。」
婆やが店の奥からのそのそと顔を出す。
「婆や、盆栽というものを知っているか?」
「―盆栽。盆栽ねえ。はて・・・?この店にあったかねえ?おそらく在庫にはないねえ。取り寄せておくかい?」
婆やは少し考えて、そんなことを言う。
「盆栽をもしかして取り寄せすることができるのか!?」
「ヒッヒッヒ・・・。この婆やに不可能はないよ!それで、どうするんだい?」
「―いや、すぐ必要なものでもないからな。少し興味本位で聞いただけだ。欲しいものは他にもある。ちょっとばかり遠出することになってな。それで使う便利なものが欲しいんだ。」
「―おや。それじゃあ、寝袋なんかはどうだい?」
「寝袋か。それは洗濯できるやつか?」
「もちろんさ。確か・・・。ええと・・・。」
そう言って婆やは店の奥に行き、寝袋を持ってくる。
―まさか本当に寝袋があるとは。
「いくらだ?」
「そうぢゃのう・・・。特別に銀貨五枚にしておいてやろうかい。イシュバーンはお得意様ぢゃからな。」
ちょうど俺が用意した銀貨が五枚だった。
この世界では大銀貨一枚くらいはしそうだが、今俺の手持ち的に大銀貨はない。
―婆やに感謝だな
「すまないな、婆や。」
そう言って俺は手持ちの銀貨を婆やに支払う。
「構わないさ。その代わり、また来とくれの。」
そう言うと、婆やは店の奥に戻って行った。




