11話
「はあ、くっそ・・・!」
ある程度大まかに制御ができたとはいえ、まだ足りない。
自分の理想とするジンライは、精密な方向と距離の制御を可能とするもの。
しかし、何度も繰り返すが、方向と距離の制御がぶれてしまう。
鍛錬の最初の方はぐんぐん上達したが、それ以上を目指すためには何か別の訓練が必要かもしれない。
古武術では、目を閉じた状態で、同じ位置に、正確に拳や蹴りを繰り出すという訓練があった。
ジンライの間は、普段の移動とは全く異なる方法で移動するのだ。もしかすると視覚による位置感覚にズレが生じているのかもしれない。
―少し鍛錬方法を見直してみよう。
俺は、移動したい場所を、木の枝で目印をつけ、目を閉じ、そこに向かってジンライを発動させる。
「ジンライ」
バリバリッ
―ビューン
なんだか目を開けているときに比べて随分と遠い距離まで移動してしまった。方向にもズレがある。
だが、これほど距離と方向のズレの幅が大きいのだ。目を閉じた状態で訓練することにより、このズレを小さくすることはできるはずだ。
再度、俺は唱える
「ジンライ」 ・・・
森での訓練を終えた俺はまたしても弟に捕まってしまう。
「兄さん、メドゥイット家の誕生会はどうするの?」
「招待状が来たのか?」
「ああ、来たよ。同じ国の侯爵家の嫡男の誕生会だからね。行かないわけにはいかないだろう?」
「じゃあ、行ってこいよ。俺には招待状すら来ていないからな。」
「行ってこいよって・・・。兄さんの婚約者も行くんじゃないのか?」
「さあな。行くんじゃないか?たとえアイリスが行くとして、招待状も来ていない俺が行くわけにはいかんだろう?」
「・・・どうして兄さんに招待状が来ていないんだよ?」
「そんなものはヒューヴァに聞け。俺は知らん。」
「ちょっと、兄さん!」
俺はイシュトには構わず、ひらひらと手をふり、自室に戻る。
その後の夕食のこと。
「イシュバーンよ。今度ハーヴェルという平民と模擬戦をやるのは、間違いないのか?」
何やら深刻そうな顔をしてこちらに聞いて来る親父殿
「あん?ああ、そうさ。それがどうしたんだ?」
「イシュバーンよ。平民相手に模擬戦に敗北することは許さん。敗北すれば、分かっているだろうな?」
―来た。
「ふん、俺が平民相手に負けるわけなかろう?」
「ならよいが。ワシはイシュトの方がお前より優れていることはとうの昔に知っておる。」
「ふん、イシュトが俺より優れているわけあるまい。」
イシュバーンはこういった態度を崩すことはない。
「兄さんなんかに負けはしない。」
イシュトは静かに断言する。
「で、親父殿。俺がハーヴェルに負けた場合、どうするってんだ?」
「・・・学院は最後まで続けさせてやろう。その後は好きなようにして生きていくがよい。」
これは十分に予想できた返事だ。
「・・・親父殿も大変だな?」
俺はニヤニヤしながら言う。
「一体誰のせいだと思っとるんだ!!!」
食器をガシャンと叩く親父。
近くに控えていたセバスの眉がピクリと動く。
「はいはい。」
そう言って俺は夕食をさっさと食べ終え、自室に戻る。
―俺の戦闘スタイルは基本的に、古武術の徒手空拳である。
その鍛錬をするには、部屋の中で十分だ。魔力も使用することはない。つまり、カーテンを閉め切り、鍵を掛ければ、型の練習から始め、実践を想定した簡単な訓練まで、誰にも知られずに鍛錬をすることができる。
当然、この世界には古武術のような戦い方をしてくる連中はいない。
日ごろの鍛錬を怠るようでは、セフィリアの悲劇的なイベントを回避することは難しいだろう。




