1話
―何だか嫌な予感がする
俺は離れの扉を開けると、案の定そこにはローズがいた。
イシュトと親父も一緒だ。
―面倒なことになった
せめてセバスがいれば何とかなったかもしれないが、今、この場にいるのは全て常識が無いものばかりである。
まず口を開いたのは親父だった。
「イシュバーン、今夜はこの離れをイシュトとローズに譲ってくれないか。」
「―親父、ここに住めといったのは親父だろう?」
「それはそうだが・・・。」
「父さん、何でいつもそんな弱腰なの。兄さん、先日ローズが来ると言ったはずだ。ここは俺とローズに譲ってくれないか?」
「先日も言っているはずだ。であれば力ずくでやってみろと。」
「―兄さん、本気でやるなら僕が相手になるよ。兄さんは自分の実力を全く分かっちゃいないんだ。」
「おまえこそ俺の実力を知らんだろう?」
そう言って俺はニヤニヤ笑う。
すると、玄関にラズリーとソフィアが顔を出した。
―しまった!
「―イシュバーンよ、その娘たちは誰だ?」
親父が一転、強気にでてくる。
「・・・知らん。その辺りで拾った。」
我ながらかなり苦しい言い訳である。
「―ちょっとイシュバーン、その言い方はないんじゃない?」
ラズリーが口を尖らせる。
「おい、ややこしくなるから少し黙っていてくれ、頼むから。」
「―見損なったよ、兄さん。」
軽蔑の目をするイシュト。
「―破廉恥ですわ!」
叫ぶローズ。
「ちょっと破廉恥ってどういうことよ?ここの主はイシュバーンでしょ?私は彼に許可を取っているの。」
ラズリーがローズに言い返す。
「・・・親父、ここをどう使おうが俺の自由のはずだ。そういう約束だったろう?それなのに文句を言うのか?」
俺は静かに言う。
「そ、そうだな・・・。」
逆にこちらが強気に出れば、親父はちょろい。
「ちょっと父さん、何でそんなに情けないの!」
イシュトが親父を責める。
「イシュト様、ここは実力行使でも仕方ありませんこと?」
ローズがそんなことを言う。
「―ああ。悪いけど、兄さん、実力行使で通らせてもらう。」
―こいつはアホなのか。もうどうなっても知らん
「・・・やる以上は手加減抜きだ。分かっているな?」
俺は前に出る。
と、
「―イシュバーン様、そちらの殿方のお相手は私がやりましょう。」
今の今まで無言だったソフィアが、そんなことを言う。
「どういうことだ?」
ん?ソフィアがイシュトと戦うのか?
「はい。私であれば、あまりお怪我を負わせることはせずに勝てるかと。」
「―そうね、ソフィー、痛い目をあわせてあげるべきよ。」
ラズリーも乗り気だ。
―そういえばこいつ、よく分からん方法で相手の強さが分かるんだったか?
だが、それはマズイ。男として女をこんな阿呆らしい場面で戦わせることはできない。
「・・ソフィア、気持ちは嬉しいが、君をこんなにも馬鹿馬鹿しいことに巻き込むわけにはいかないんだ。」
「―セバスを呼んでくる。」
俺は最終兵器を召喚することにする。もはや俺だけでこの事態を収拾するのは不可能だ。
―ていうか親父よ、そんなところで棒のように突っ立てないで、何とかしてくれよ
「兄さん!卑怯な!!」
イシュトがそんなことを言う。
「うるせえな、死にたくないなら黙っていろ。」
―俺がそう言うと、みな静まり返った
と、そこへちょうど別邸の方からセバスが走って来た。おそらく騒ぎを聞きつけてきたのだろう。
――助かった!!!
「・・・はあ、はあ。これはどういうことですか!?」
「セ、セバスよ。イシュバーンがな・・・。」
親父がたじろぐ。
「ご当主様。この場所はイシュバーン様に与える、そういうお約束だったのですよね?」
セバスが親父に迫る。
「それはそうだが・・・。」
「イシュト様も。ここにいるこの離れにいる者はいわば平民同然の者たち。貴族たるイシュト様が関わるべき相手ではありません。」
「だが、兄さんが力づくで押し通れと喧嘩を売ってきたんだ!」
イシュトはセバスに言い返す。
「―イシュバーン様。」
セバスがこちらを見る。
「・・・やむを得ない場合には、このように決闘をすることも認められているはずだ。」
はあ、とため息をつくセバス。
「ですので、イシュバーン様の代わりに、私がこちらのイシュト様のお相手をしますと申し上げた次第です。」
そう言って一礼をするソフィア。
「―待て、そうさせることはできないと言ったはずだ。」
俺は焦ってソフィアに言う。
「・・・確かに、お嬢様にそんなことをさせるわけにはいきませんね。イシュト様。どうしてもここを使いたいのであれば、この私めがお相手しましょう。」
そう言うと、セバスはおもむろに木剣を取り出す。
―今、どこから木剣を取り出した???
「―いかん!イシュトよ。ここは引くのじゃ。いいな!?」
今度は親父が焦ったように言う。
「どうしてさ!何で父さんは、いつもいつもいつも兄さんにそんなに弱腰なんだよ!!」
イシュトが苛立つようにして言う。
「どうしても何も、ワシは、お前のことを案じて言っておるのだ。
・・・ローズよ、そういうわけで今日の所はワシが街の宿にでも泊まることにしよう。別邸を心置きなく使ってくれたまえ。」
とても悲しそうな顔をする我が親父。その姿にはどことなく哀愁が漂っている。
そうして、憐れ、親父が追い出されるという形でこの騒動が決着したのだった。
――嗚呼、親父よ、当主だというのに、追い出されてしまうとは何事か――




