19話
そうしてちょうど掃除が終わったころ。
ジリリリッ
ベルが鳴る。
―来た
いや、待てよ、ローズがまた文句を言いに来るかもしれないのか。どちらにしても扉の前で待つ相手の性別が女である可能性が高いことは、魔眼を使用するまでもなく確かなことだ。
「―はい。」
果たして扉の前にいたのは、ラズリーとソフィアだった。
「―こんばんは!」
にっこりと微笑むラズリー。
「こんばんは、イシュバーン様。」
ソフィアが頭を下げる。
―部屋の掃除は既にできているが、俺の心の準備ができているとは言い難い。
しかし、なんとかして平静を保つ必要があるだろう。
「ああ。急に泊りに来るなんて言い出すから何事かと思ったぞ。・・・公爵にはちゃんと連絡しているのか?」
「ちゃんと言って来たわよ? さあソフィア、入ろう?」
そう言うとラズリーはずいっと扉の中に入り、ソフィアはもう一度頭を下げて扉の中に入る。
「・・・飯は食ってきたのか?」
今は飯を食うのにちょうどいい時間だ。
「まだよ? 私たちの分はソフィアが持ってきているわ。でもきっとご飯は用意されてあるって私は言ったのだけれど。」
「もし準備されていないのであれば、こちらは朝ごはんにすればよいと思うのです。」
そう言うと、バスケットを見せてくるソフィア。
「案ずるな。飯は料理長に言って作らせてある。まずは二人の部屋に案内しよう。」
俺は二人を予め掃除をしておいた部屋に案内することにする。
部屋を開けると。
「―これは。」
思わずといったようにソフィアが声をあげる。
「ね、素敵でしょう?」
なぜかラズリーが胸を張る。
「ね、イシュバーン、あなたはどこで寝るの?」
ラズリーがこちらに聞いてくる。
「俺か?俺は当たり前だが、俺の自室だ。」
なぜそんなことを聞いてくるのか?
「私たちと一緒には寝ないの?」
いじわるそうな顔をするラズリー。
「当然だろうが。二人に何かあったら困る。」
「大丈夫よ。何かあったらソフィアが守ってくれるもの。ねえ、ソフィア?」
「え、ええ。もちろんです。」
ソフィアは戸惑っているようだ。
「冗談よ!ふふふ。」
そしてまたにっこりと笑うラズリー。
「・・・全く。ラズリー、いいか?今日はうちに面倒な貴族が来るらしい。そいつがもしかするとこちらに来るかもしれない。ラズリーが公爵令嬢であることがバレたらやっかいだ。―主に俺にとって。そいつや、俺の親父や弟に出会ったら平民か、下級貴族のようにふるまってくれ。いいな?」
俺は早口でまくしたてる。そして、前もって準備していた平凡な服をラズリーとソフィアに渡す。ラズリーの清楚な私服もソフィアのメイド服もここでは目立ちすぎるのだ。
「分かったわよ。これを着ればいいのね?そんなに急いで言う必要ないじゃない・・・。」
ラズリーは口を尖らせる。
「ああ、分かってくれたならいい。俺たちの飯を取って来るからここで大人しくしてくれ。」
「分かったわ、いってらっしゃい!」
俺は急いで離れにまで向かう。
―もう飯はできている時間だろう。
正面から入ると、まだ親父と弟は戻ってきていないようだった。だがいつ戻って来てもおかしくはない時間帯だ。
俺はさっさと調理室に向かう。
「ロドリゴ、頼んでおいた夕食はできているか?」
「―はい、できておりますとも。」
そう言うと、料理長はこちらにボアのステーキとパンとスープの入ったボトルの入ったバスケットを手渡してくる。
「ああ、すまないな。」
俺はそれを受け取ると、すぐ離れの館にまで戻ることにする。
バスケットを見ると、料理はできたての状態だ。やはり料理はできたての熱々の状態が一番美味いのである。
幸い、まだ親父もイシュトも帰っていないようだ。面倒なことが起きる前にさっさと飯を食べておくべきだろう。




