16話
しばらくの間、ダンジョン探索ではなく鍛錬室での鍛錬を行っていたが、その日は、俺は朝いつものルーティンを終わらせ、ダンジョンへ行く準備をしていた。
「ダンジョンに行くのもしばらくぶりだな。」
―保存食の残りはまだあるか?
そんなことを考えていたときのことである。
――ジリリリッ
玄関のベルが鳴る。
「こんな時間から誰だ?」
ガチャッ
俺は離れの玄関の扉を開ける。
するとそこにはいつか見た公爵家のメイドが立っていた。
―確か名前は
「おはようございます、イシュバーン様。」
ソフィアである。
「ソフィアだったか? 久しぶりだな、何の用だ?」
俺は若干の動揺を隠しながらソフィアに声をかける。
「―はい。今晩、ラズリー様がお泊りに来たいとおっしゃっていまして、問題ないかと確認をしに来ました。イシュバーン様の今晩のご予定はいかがでしょうか?」
―ん?何だって?お泊り?どこに?誰が??ラズリーが???
急な事態に俺はその場で停止する。
聞き間違いでなければ、今晩ラズリーが離れの館に泊まりに来るらしい。
「・・・ラズリーが今晩、ここへ泊まりに来るのか?」
俺はソフィアに確認することにする。
「はい。急なことで申し訳ございません。ですが、私もご一緒しますのでご安心ください。」
そう言って胸を少し張るソフィア。
「ごあんしんください?」
ご安心?何を?どうやって?いやおかしいだろ??
「―はい。普段、こちらにはメイドが居ないと伺っております。お二人がご一緒される間、身の回りのお世話は私が。」
そう言って頭を下げるソフィア。
―いやそれって女が一人増えるだけなのでは?
何だろう?目の前の事態に俺の頭が追い付いていないのだろうか?
「・・・」
こういうとき何と言えばいいのか分からない。
「イシュバーン様?」
ソフィアが不思議そうに声をかけてくる。
「あ、ああ。」
とりあえず振り絞った言葉がこれである。
「―はい。それではまた夜によろしくお願いしますね?私はこれで失礼します。」
そう言って一礼し、去っていくソフィア。
今この瞬間、俺のダンジョン探索の予定は変更された。
「・・・どうする?さすがに晩飯は食ってくるよな?」
いや、突然こちらに泊りに来るというのだ。晩飯も食ってこないかもしれない。
「―料理長に何か出せるものがあるか聞いてみるか。」
俺は別邸の方へ向かうことにする。
もし親父やイシュトに遭遇すると嫌な顔をされるだろうが、今回に限っては、そんなことを気にしている場合ではない。
俺は別邸の玄関のドアを開ける。
するとそこにちょうどセバスが通りがかった。
「―おや、坊ちゃん、今日はどうなさいました?」
セバスが立ち止まってこちらに声をかけてくる。
メイドもせわしなく動いており、今日は何だか忙しそうだ。
「ああ、ちょっとな。―何だか忙しそうだな?」
「ええ、本日はローズ様がこちらへ泊りに来られるのです。―もしかするとまた離れの方に泊りたいとおっしゃられるかもしれません。坊ちゃんもご注意ください。」
―何だって?
「―ちょっと待て、今日、館の方に来られるのは困る!せめて別の日ならば問題ない!」
俺はあわててセバスに言う。
「―そうは申されましても、私にはどうしようもありませんので、せめてイシュバーン様の方でご注意ください。」
困ったような顔をするセバス。
「とにかく、だ。ローズのやつを離れに近づけさせるな、いいな?」
俺はセバスに念押しする。
「・・・善処致します。」
―おまえは日本のサラリーマンか?
まあいい。こんな所で油を売っている暇はない。俺は調理室に向かう。
「―料理長!ボアはまだ残っているか!?」
調理室に入るや否や、俺は料理長を呼ぶ。
「―坊ちゃん?ボアですかい?」
「ああ、そうだ。ボアだ。今日余分に出せるものはあるか?」
「いえ。今日はローズ様たちが泊りに来られると聞いておりますぜ?坊ちゃんに出せる分は残っていないですぜ。」
どうやら余分なボアの肉はないらしい。
「新しく取って来たらどうだ?手早く調理できるか?」
「え、ええ。そりゃあボアが新しく手に入るんなら問題ありませんけどねえ。ですが、急にどうしたんですかい?」
「―何でもない。急にボアが欲しくなったのだ。」
公爵令嬢が、廃嫡されたチンピラの家に泊りに来るなど前代未聞だろう。
・・・いや、むしろ我が家ではそういったことがしょっちゅうあったのかもしれないが。
いずれにせよ、ラズリーが泊りに来ることがバレたら色々面倒なことは明らかだ。
俺の平穏な生活のためにも上手く対処する必要があるのだ。




