第五話「戦術とは、ゴリラのように考えることだ」
「さて……次の段階に進むぞ、お前ら」
名門・国見東高校との激戦を終えた翌日。
朝日南サッカー部のグラウンドに、いつもよりやけにテンションの高い熊田が現れた。
「筋肉と連携で“戦える”ことは証明された。だがな――“勝ち切る”にはまだ足りねぇ」
部員たちが顔を見合わせる。
確かに、国見東との試合では引き分けに持ち込んだが、終盤は押されっぱなしだった。
「……で、次は何を?」
赤木が尋ねると、熊田はにやりと笑った。
「“戦術”だ。お前ら、頭を使うぞ。今日からは“ラグビー式戦術講座”だ!」
「いや待ってください監督、うちはサッカー部なんですよ!?」
「黙れ!戦術というものは、ゴリラのように泥臭く、ラガーマンのように筋肉で組み立てるもんだ!」
もはや名言なのか迷言なのかすら分からないが、熊田のテンションは止まらない。
その日の午後。
グラウンド横の会議室に集められた部員たちの前に、白板が立てられた。
熊田がチョークを握る。
「今日のテーマは“トライアングル包囲戦術”だ!」
「それ、ラグビーのやつですよね……?」
「いいか、サッカーは数的優位を作るゲームだ。ならば、お前ら3人1組で三角形を作って相手を囲め! 1対1で勝てなくても、3人で当たれば勝てる!」
翼がぽつりと呟く。
「それって、サッカーでもすごく基本的な考え方かも……」
「ただし、これはラグビー式だから、“ぶつかりながら”やれ。走って、当たって、支えて、パスして、潰す。筋肉で構築する戦術だッ!」
熊田がホワイトボードに描いた図は、ほとんど戦国時代の布陣だった。
“三角形の前衛部隊が突撃し、後衛がロングスロー砲を発射”など、もはや種目が迷子である。
しかし部員たちは気づき始めていた。
――この人、めちゃくちゃなんだけど、
なんか……言ってることが通じてきた気がする……。
──
翌日の練習試合。
相手は地区中堅の笠間西高校。いわゆる“普通の高校”だ。
試合が始まるや否や、朝日南の“トライアングル包囲網”が発動する。
翼、赤木、そしてDFの河野が三角形を保ちながら、相手FWにじわじわとプレッシャーをかける。
「囲まれた!パスコースが……!」
「ブロックされてる!? ていうか、この圧、やばっ!」
そして河野がボールを奪うと、すぐさま両サイドが走り出す。
翼がボールを受け、センターライン手前から高く手を上げた。
「いけえぇぇ!赤木ぃぃ!!」
──ぶぉんっ!!
翼のロングスローが、まるで槍のように敵陣を突き抜ける。
赤木が飛び込む!
──ドゴォン!
ゴールネットを突き破りそうな一撃。
1点先取。
以降、笠間西はこの“筋肉戦術”に崩され続け、3-0で朝日南の勝利。
──
「勝った……!」
「なんか……オレたち、普通に強くなってない……?」
熊田は言った。
「サッカーとは、“体”と“知恵”の融合だ。お前らがそれを証明してくれた」
試合後、翼がつぶやく。
「戦術って……筋肉で覚えるものだったんですね……」
赤木が笑った。
「筋肉に刻めば、忘れないってやつな」