第二話「まずは筋肉だ。話はそれからだ」
「いいか貴様ら! 今日から“球技”は禁止だッ!」
朝日南高校のグラウンドに、熊田監督の怒号が響く。
集められた部員たちは、整列したまま凍りついていた。
「お、おい……ほんとに、サッカー部だよな……?」
「なんか…ラグビー部みたいな空気になってないか?」
「間違えて来た人なんだから、そのうち帰るっしょ……」
だが、熊田は帰らなかった。
むしろ、どっしりとグラウンドに根を下ろすように仁王立ちし、吠えた。
「お前ら、なぜ勝てんのか分かるか?」
誰も答えない。熊田は続けた。
「“弱い”からだ。フィジカルも、根性も、筋肉も足りんッ!
サッカーは走るスポーツだ。走るには脚力、踏ん張るには体幹、ぶつかるには…背筋だァ!」
その理屈が正しいかはさておき――説得力だけは異常だった。
「今日から三週間。毎日朝練は筋トレだ。午後練も筋トレ。ボールなんか触るな。触ったら負けだ」
負けとは…何に?
しかし熊田の迫力に押され、誰も逆らえない。
かくして、“朝日南サッカー部”の奇妙な日々が始まった。
──
翌朝。
「うぉぉぉぉぉっ! 腹筋200回! 終わるまで水飲むな!」
「うそだろ…サッカーってもっとこう…ドリブルとかさあ…」
「背筋足りんぞ貴様!ボールより先にお前が転んどる!」
スクワット、腕立て、バーピー、坂道ダッシュ……
次第に部員たちの顔から、光が消えていった。
──だが、一人だけ違った。
一年生の藤代翼。小柄で気弱そうな男の子だ。
「ふんっ…! ふんっ……!」
誰よりも真剣に腕立て伏せを繰り返す。
熊田が目を細めて呟く。
「おもしれぇな、お前……サッカー部で初めて目ぇ光らせてるじゃねぇか」
放課後、熊田はこっそり翼に声をかけた。
「なあ翼。お前、なんでサッカー部入った?」
翼は、ちょっと照れながら答えた。
「……兄がプロサッカー選手なんです。でも僕、ガリガリで、運動も苦手で……。
せめて筋肉だけでもつけたら、少しは兄に近づけるかなって……」
熊田は頷いた。
「だったら筋肉つけりゃいい。勝ちたい理由がある奴は、つえぇぞ」
その言葉に、翼の目がさらに輝いた。
──
その日の部活終わり。
部員たちは汗まみれでうなだれながらも、少しだけ――不思議な充実感を覚えていた。
「……なんか、足に筋肉ついてきた気がしない?」
「気のせいじゃね?」「いや……オレも太ももが……」
その背中を見て、熊田はひとり、鼻息を鳴らした。
「3週間後には、全員ラガーマンにしてやる……。そして、勝つ」
彼の頭には、すでに“サッカー”とは呼べない奇策が浮かび始めていた。




