第3話 酒に溺れる若者ほど元気だったりする
僕は夏が嫌いだ。なぜなら、まず暑いしベタベタする。
僕は身体がベタベタするのが嫌いなんだよね。
まあでも一番の理由はそこじゃない。僕は虫が嫌いだ。
気持ち悪いから…。あれからまた時は流れ、更に夏が夏らしくなってきたという感じがする。
もう僕は見つけてしまったので、行くしかない。
日常が非日常に変わってしまうのは残念だけれど、それでも行くしかない。
「ええっと。この辺かなぁ。」
間違いない。気配も尋常じゃないし。隠しているし。
まあ。乗り込むしかないよね。しかも単身だよね?えぐくない?まだ14歳のか弱い男の子が単身、詐欺師集団のアジトに乗り込むだなんて。我ながらとっても可哀想だよ。哀れな僕。
なので。
さっさと終わらせよう。
ーーーー遡ること一ヶ月前ーーーー
体育の授業はどちらかと言えば苦手だ。苦手というよりは嫌いだ。
理由は身体を一生懸命動かさないといけないし、だるいからだ。だるい身体を動かさないといけないからだ。
今日はバスケットボールの授業。なるべく動かないようにしておこう。
「おい!高木!パス!」
おいおい。今僕は、ゆったりと過ごそうとしていたというのに。
「行かせない!」
どうしよ。なんか塞がれたんだけど。
「うぅ…。」
動きを最小限に、相手の目を見てうるるとさせてみる。
「え…。」
よし。今だ。
今、この瞬間。相手の隙が生まれた瞬間に抜くしかない。相手が相当狼狽しているのが分かる。僕は、僕より身長の高い相手の右側を縫うようにすり抜ける。相手からすると一瞬のことだろう。そのままゴールの方へ向かう。ここだけだ。僕が走るのは。ゴール下まで走り込む。
そのままゴールに向かって軽くシュートを打ち込むー吸い込まれるようにボールはゴールのネットへと入っていった。
「よし!ナイス!高木!」
「やるやん、海斗!」
みんなが僕の周りに集まってくる。一人が僕の右手を掴んで上へ持ち上げる。賞賛ーしてくれているのだろうか。まあとにかくゴールを決めることができた。相手チームから声が聞こえる。
「俺の良心が許さなかったんだ…。」
「いや、あれは仕方ないよ…。」
なんか申し訳ないことをした気もしないではないが、あま別に。適当に体育の授業をこなしていくしかないよね。多分。さて。それはそうと…。
僕があのとき感じた気配…。あれは確実にハーネスの武器の気配だ。この人間界において。普通に違法だけれど別にそんなことはどうでもよくて、僕には僕の任務がある訳で。正直言って面倒なんだけれど。見つけてしまったものは仕方がないよね。まずは下調べをするしかない。微かな気配だったけれど、組織で動いている可能性の方が圧倒的に高い。僕が単騎で乗り込んで勝てるはずなどないというのに。まあ、だから下調べをするしかないのだけれど。
ーーーーーーーーーーー
「椎名さん。ありがとうございます。」
「あ…はい。いえ、こちら、こそ?」
よし。確実に効いている。このまま次の契約書にもサインさせるか。
「では。椎名さん。こちらの書類にもサインをお願いします。」
楽な仕事だ。まあ、これが終わったら酒だな。酒はいい。まあ、仕事をしているときほど、酒に気を付けなければと思うことはないが。
「青山さん。お疲れ様です。」
「よお。蝶野。酒…でも飲むかぁ。」
「一旦、あアジトに戻って契約書保管しておきますか?」
「ふっ。そうだな。酒を飲んだときの状況判断ほど怖いものはないしな。」
「しかし、便利ですよね。青山さんの武器。相手を強制的に酔わせて判断能力を鈍らせる。その状況で契約書にサインさせるだけですもんね。」
「まあ。相当調節してるけどな。本気で武器の力使えば、昏睡状態までいくだろが。それは困るからな。後でしっかりと金を払って貰わねぇと。」
武界では武器が人を選ぶ。俺を選んだ武器は「酒」。なんとも俺に似つかわしい武器であると感じている。本来、武界の人間が人間界に立ち入ることも、人間界での武器の使用も禁止されている。なので武器の使用も効果も最小限にしている。わざわざ日本のこんな小さな地域にまで調査は入らないだろうしな。まあ一応、アジトはバレないように武器の効果で隠しているが。俺の武器「酒:青霧」は本当に便利。霧状にして相手の五感に異常を引き起こす濁酒能力だけでなく、バレないように霧でアジトを隠すこともできる。
せっかくベインズとして生まれたのに、こんな小さな町でコソコソとと笑う奴もいるが俺はそれでいい。目立たずに少しずつ勢力を伸ばしていき、最終的にはこの堺市全体くらいまでは勢力を伸ばしてもいい。バレないように少しずつ…な。
俺たちは、霧状に包まれたアジトの中へ入っていく。入るときは慎重に。誰にも見られてはいけない。辺りを見渡す。人影はない。
よし。大丈夫そうだな。霧の中にゆっくりと入り、薄暗いビルのドアを開く。
「あ、おかえりなさい〜。」
中で待っていた部下二人は、かったるそうに欠伸をしながら伸びをしている。そいつらを横目に俺はソファに腰掛ける。
「あぁ。疲れたなぁ。契約書、その金庫に保管しておいてくれ。」
「はい。青山さん。あ。そう言えば冷蔵庫の中にこの前買っておいた缶ビールがありましたね。」
「まあ、もう一回出るの面倒だし、今日はここで飲むかぁ。」
「俺ら今日、待機だったんでー。準備しときますよー。」
「よろしくー。」
なんか俺ら危機感ねーな。敵がアジトに乗り込んできたらそうするつもりだろう。まあ、ありえねーとは思うけど。まあ、それに万が一誰かが乗り込んできたらそのときはやるしかねーよなぁ。でも俺らが優先すべきは侵入者を殺すことではなく、事前にそれに気づいて拠点を変えることだ。別に堺に拘ってる訳でもねーしな。
「青山さん。どうぞー。」
「じゃあ。本日も契約成立ってことで!」
乾杯。
若干の胸騒ぎを胸に。まあとりあえず。
俺は酒を楽しむことにした。