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一ヵ月だけの特別任務、でお願いします。




 私のような一介の騎士が、国王直々の辞令を拒めるはずもなく。


 事情もわからぬまま、自室で泣く泣く荷物をまとめていた。


(もう、ほんとに、いい加減、疲れた)


 大嫌いな魔導師のお守なんてあんまりだ、とギルバートに抗議したい気持ちはいっぱいだったが、さすがに本人を前にしてあれもこれも言い募ることはできず、私は軽く絶望した。


 幸いだったのは、臨時の護衛官だという話を聞き、これ幸いと『一ヵ月』限定の契約期間を条件に加えさせたことだ。さらに、期間終了後は希望の配属先に異動できるよう交渉し、約束を取り付けることに成功した。


 また、この不可解な辞令に異を唱えない代わりに、危険手当、時間外手当、諸々の基本手当を「やりすぎ」とギルバートに止められるほどまでに引き上げてもらい、契約書に記載させてもらった。


 まとめると、契約の内容は次の通りである。




 一つ目、本日から一ヵ月の間、大魔導師ユリウス・アルヴェインの身辺警護を引き受けること。衣食住については国庫の予備費から支給され、必要な経費は都度ユリウスが一時的に建て替えること。



 二つ目、護衛官として、必要に応じて各種の行事に随行すること。



 三つ目、一ヵ月の護衛期間終了後は、本人の希望の配属先に即刻異動させること。



 四つ目、一ヵ月分の基本給は全額前払いとし、追加の諸々の手当ては期間終了後に合算し、一括支給すること。



 五つ目、護衛官としての役割を超えた不必要な接触はしないこと。




 という内容である。


 自分としては結構頑張って吹っ掛けたつもりだったのだが――。


 あの何を考えているかわからない極悪大魔導師は、追加された契約条件にまったく異を唱えず、唯々諾々とサラサラとサインをした。


 その素直すぎる様子があまりにも奇妙で、背後からその様子を見守っていたギルバートにこっそり声をかけたのだが、騎士団長は「俺は何も見なかったし聞かなかったし知らなかった」とでも言いたげな態度で、当然、助けてはくれなかった。


 まるで王国始まって以来最強とうたわれる騎士団長が、大魔導師を恐れているような口ぶりで――私は、ただ首を傾げるしかなかった。


「はぁ……」


 この部屋。


 私が出て行ったあとは、ラフェル・フォーデインが使うことになるらしい。副団長の席にも、彼がそのまま収まることになっているという。


 つまり、私がいなくなったせいで、ラフェルが昇進した――そういうことだ。


 私の所属は騎士団で階級はそのままだが、職務は「大魔導師付きの専任護衛官」に変わり、直属の上司は騎士団長ではなく、大魔導師様となる。


 その結果、副団長の座からも自動的に外され、今の私は、ほぼ無官状態だ。


 辞令を渡され、ざっくりとした説明を受け、ほぼ放心状態で部屋に戻ったのだが、どうやら速やかに移動しなければならないらしい。


 一週間後とか、数日後とか、申し送りや引き継ぎのための時間はなく、可及的速やかに、大魔導師様付きの護衛官として即日任務開始と申し渡されてしまった。


 仲間と別れの言葉を交わす時間もないなんて、あんまりである。


 部屋にあるのは、騎士団で使うための資料や、代々受け継がれてきた骨董品のような机と椅子くらい。


 私物といえば、たったひとつのトランクに収まる程度のものばかりだった。


 だから荷造り自体はすぐに終わってしまい、結果的に、ため息をつく時間ばかりが増える。


 執務机の上に放置された辞令書を、私はじっと睨んだ。


 読んでも、何度ひっくり返してみても、内容は変わらない。


 国王の署名と印章は、まごうことなき本物。


 いくら抗議しても、これが覆ることはない。


「はぁ……」


 もう何度目かわからないため息をつきながら、私はトランクの留め具をパチンと閉じた。


 それから部屋をぐるりと見渡し、窓の外へ目をやる。


 夜の帳がすっかり降り、外は暗闇に包まれていた。


 ――きっと、今の私の表情も、それくらい暗いに違いない。


「クラリス、準備はできたかい?」


 その声に、私は反射的に眉をひそめる。


 耳馴染みのよい少し低い落ち着いた声音。


 けれど、それは私の神経を逆なでし、苛立ちを呼び起こすのに十分なものだった。


 もしラフェル・フォーデインが「人生で一番苦手な男」だとするなら、今、無遠慮に扉を開けて室内へ踏み込んできた銀髪の男こそ、「人生で一番嫌いな男」である。


「どうしたの? まさか、どこか具合でも悪いのかい?」


 突然おろおろと表情を曇らせたユリウスの態度が甚だわざとらしい。


 いつもは人を虫けら程度にしか思っていないような冷淡で感情のない瞳をしているくせに。


 私の知る限り、大魔導師ユリウスがこんなふうに人を気遣うことはない。


 何か企んでいるのは間違いないが、予想の斜め上をいく「優しすぎる」態度が、どうにも不可解で不気味だった。


「大丈夫? 具合が悪いのなら今すぐ治療の魔法をかけよう」


 心配そうにこちらを覗き込んで、真剣な表情で治療魔法について検討し始めた大魔導師様を見据え、私は正直に答えることにした。


「ええ。目下のところ頭痛吐き気眩暈という症状がございます。できることなら、二度とご尊顔を拝したくないお方が目の前にいるもので、先ほどから胃がキリキリ主張しているためです。大変不躾な上、私事で恐縮ではゴザイマスガ――今すぐ辞令を撤回し、陛下に掛け合っていただけないでしょうか?」

「それは無理だね。王命だもの」


 検討すらせず、反駁入れず、しれっといいやがった。


 思わずこぶしを握り締める手に力が入る。


 私のウハウハ帰郷凱旋計画を木っ端微塵に打ち砕いたこの男を、許す気など毛頭ない。


 けれど、当の銀髪の男――ユリウスは、まったく意に介した様子もなく。


 むしろ、なぜか嬉しそうに微笑んで、ポンと手を打ち、のんきに言い放った。


「そっか。お腹がすきすぎると胃が痛くなるよね。じゃあ、何か食べに行こうか」



(違います!! あなたと同じ空気を吸っているのがとてつもなく苦痛なんです!!!)



 私は叫びたかったが、そんな暇もなく、ユリウスに手を引かれる。


 こいつになにを言っても無駄なのか。


 無抵抗のまま、胃から砂でも吐きそうな気分で、よろよろと馴染んだ部屋を後にした――。





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