私の護衛対象は、大嫌いな「大魔導師」様です。
「冗談ですよね!? そうですよね、そうに決まってます。これは何かの間違い、絶対――」
「いや、申し訳ないんだけど、冗談じゃないんだよなこれが」
アハハ、いつもは精悍で泰然自若とした雰囲気を崩さないギルバートが、口元を痙攣させながら乾いた笑いを零す。
「う、うそで、しょ」
嘘って言ってくださいよ。
よろり、と私は眩暈を抑えるように眉間に手を当てた。
何か考えなければ。
思考を止めてはいけない。
辞令書が手からこぼれてパサリと床に落ちる。頭を抱え、状況を必死に整理しようとするのだが、何度思い返しても蘇る記憶はただ一つ。
(どうして、なんで、絶対、嘘でしょ!? おかしいわよ! だって大魔導師の護衛なんか貴族の栄誉職の一つでしょ!? むしろあの大魔導師に護衛が必要だなんて誰が言い出したのよ! 不必要よ! 人員不足って言ってたくせに―!!)
最強にして最凶。
その存在一つで他国への強力な抑止力になるほどの実力の持ち主である、大魔導師。
ユリウス・アルヴェント。
桁違いの魔力量を誇り、魔獣討伐における戦歴とその功績は、騎士団に長く勤めているギルバートの比ではない。たった一撃で最上位危険種の魔獣を消滅させるほどの力量を持つ彼に、はっきり言って護衛なぞ必要でないはずである。
「お前が浅からぬ因縁で、彼の魔導師を嫌っているのはよくわかる」
うんうん、と娘の我儘を宥める父親のような表情でギルバートは腕を組む。
「だが、それは王命でな。騎士団長とはいえど、陛下が決めたこと。その辞令を覆すことは誰にもできないんだ」
侯爵家の身分も陛下の鶴の一声の前では紙切れ以下なんだ、とギルバートはため息を零す。
「そ、そんな……。わたしの、地方への、異動、願い、は」
「うん。とりあえず保留なー。この件が片付けばもしかしたら―、その、もしかしたら、えっと。もしかしたら、だな」
「再検討の再検討による、再検討で再び審議にかかる可能性がある……、ってことですよね」
じとり、と恨みがましく睨みつけるように視線を送れば、ギルバートはフイ、と視線を逸らした。
(人員不足人員不足って言って、何年も異動の要望を退けてきたくせに、王様だからってやっていいことと悪いことがあるわよ! 適材適所とかじゃないから! 絶対アイツに護衛官なんていらないはずなのにぃいいいいいいい!!!)
力が抜け、膝が崩れ落ちる。
気づけば床にひれ伏すように座り込んでいた。
(浅からぬ縁? 冗談じゃない。アイツがあの時さっさと本気を出してたら、被害はもっと少なかったはずじゃない!)
思い出されるのは数年前の魔獣討伐の事件。仲間の多くが負傷し、戦況が悪化する中で、それまで傍観を決め込んでいたくせに突然、たった一撃で危険な魔獣を討伐したあの男――、大魔導師の姿が脳裏に焼き付いて離れない。
何故、あんな大嫌いな男の護衛官にならなければならないのか。
理不尽だ、納得いかないと、さらに声を張り上げようとした瞬間――。
「そんなに嫌われているなんて、直接聞くと、さしもの私でもやっぱりショックだな」
すぐ後ろから、聞き覚えのある声音がした。耳に息がかかる。
ぞわり、と全身の肌が粟立った。
ひぃっと、らしくもなく悲鳴を飲み込み、私は肩をビクつかせる。
誰かの体温、そして手の感触。
ぽん、と軽く肩を叩かれた。
「というわけなので、クラリス・カートライト。私専属の護衛官として、これからどうぞよろしく、ね」
穏やかな、けれどどこか愉しげな声音。
私はこの日、二度目の悲鳴を上げた。