予想外の辞令。
十歳の頃、一家の大黒柱であった父が病で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
残された家族六人は、互いに身を寄せ合いながら、なんとか生きてきた。年の離れた兄や姉は働きに出ていたため、私は年の近い兄弟と共に田畑を耕し、幼い弟たちの世話をしながら暮らしていた。
けれど、食べ盛りの子どもを育てるには、とにかく金がかかる。
学問の成績が優秀だった兄は、都市の教育機関で働くことになり、仕送りを送ってくれていたが、それでも暮らしは楽にならなかった。まるで爪の先に灯をともすような、ぎりぎりの生活が何年も続いた。
あれほど元気だった母も、流行り病にかかってからは体が不自由になり、家計はますます逼迫した。そんな時、地方の巡察に来ていたギルバート・エインズワースと出会った。
もともと、騎士団に女性がいることは知っていた。だが、入隊できるのは一律、十五歳以上と定められており、何度も突っぱねられた。それでも諦められなかった私は、王都へ向かう荷馬車に忍び込み、強引に押しかける形で騎士団に入れてもらった。そして――今日に至る。
入隊後の生活はとても大変だったが、心強い仲間もでき、毎日は充実していた。
たった一つの気がかりを除いては。
(弟たちはみんな、優秀な成績で学校に通っているって姉さんが言ってたから、安心はしてるんだけど……やっぱり、家族の近くで暮らしたいのよね)
騎士団に入り、給料の六割以上を実家に送るようになってから、暮らしはようやく安定したらしい。兄や姉も結婚するまでは家を支えてくれていたが、今はそれぞれに家庭がある。いつまでも頼るわけにはいかない。
(私は結婚しないし、ずっと騎士団にいられる。現役でいる限り、給料ももらえる。貴族みたいに派手に金を使うこともないし……下の弟たちが家庭を持つまでは支え続けたいのよね)
兄や姉たちは「そこまでしなくてもいい」と何度も言ってくれたが、実家への仕送りはもう趣味みたいなものだ。貴族の社交に護衛として同行することはあっても、私自身が煌びやかなドレスを着て舞踏会に出たり、華やかな会話を楽しんだりすることはない。そんなものは、貴族の令嬢たちに任せておけばいいのだ。
(それに、しっかり貯金もできてるし、実家の近くに配属されたら、小さくてもいいから家を建てて、お母さんを呼び寄せたいなぁ)
だからこそ、私はずっと異動希望を出し続けてきた。階級が上がり、周囲にも認められはじめ、ある程度の自由と発言が尊重されるようになってからのこの二年間、ずっと、実家方面の小都市や町の警備団に配属されることを願い続けてきた。
だが――「人員不足」や「適材適所」という呪文によって、ことごとく阻まれてきたのだ。
(でも、ようやく叶いそう。これまで頑張ったかいがあるというもの!)
そう思いながら、私はふとギルバートの方を見た。
……妙だ。
いつもなら、異動希望が通ったことを知れば「やっとか」「良かったな」くらいの言葉はくれるのに、彼は一言も発しないまま、じっと私を見つめている。
――いや、あの心配そうな顔は一体どういうことだろう。
いやな予感がして、目を合わせると、ギルバートはふいっと視線を逸らした。どこか言いたげだが、何とも言えない表情をしている。
「クラリス」
やがて、彼は私の名を呼んだ。
「はい」
いつも通り即答すると、ギルバートは「うん」と唸り、しぶしぶといった様子で一枚の紙を差し出してきた。
「……辞令だ」
「拝見いたします!」
私は急いで席を立ちあがると、嬉々として差し出された紙を両手で恭しく受け取る。
顔を上げ、居住まいを正し、まっすぐ書類を見下ろした。
ざっと目を通し――固まる。
国王の署名と王家の印章がある。
「え?」
自分の喉からあまりにも間抜けな声が出た。
ギルバートはぐっと胃のあたりを押さえながら、顔を背ける。
書類にはこうあった。
クラリス・カートライト殿
貴官を、魔導師 ユリウス・アルヴェント専任の護衛官に任ずる。
「う、うそでしょぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
私は思わず絶叫した。