上司からの呼び出し。
騎士団長ギルバートの執務室は、詰め所の通路の一番奥にある。その手前には左右にひとつずつ部屋があり、左が副団長である私の執務室、右が経理書類などを管理する事務室だった。
階級が上がり、副団長の地位を得たことで、個別の執務室が与えられた上、隣接する仮眠室を私室として使うことも許される。以前は領の宿舎で、数少ない女性団員たちと相部屋だったが、一年前の昇進を機に、私はこの執務室を自分の住処とすることにした。
とはいえ、ここに住み着くようなもの好きは私くらいなものだ。
騎士団員の多くは貴族の子弟であり、王都に邸宅を持っているか、少なくとも狭苦しい領以外で寝泊まりができる者ばかり。領で寝泊まりするのは平民出身の者や、タウンハウスを持たない遠方の子男爵くらいだった。
――だというのに。
ラフェル・フォーデインは、なぜか私と同じく、詰め所に住み着いていた。
(伯爵子息なんだから、わざわざここで寝泊まりしなくてもいいでしょうに)
貴族の身分を持ち、聞いたところによればタウンハウスも所持しているというのに、彼は一年間ずっと、騎士団の施設で生活していた。そのせいで、毎日顔を合わせる羽目になっていたのだ。
だが、それももうすぐ終わるかもしれない。
私は思わず、くふふと相好を崩しかけ、慌てて引き締める。
(もしかして……ついに「あの件」が通ったのかも)
呼び出しの理由に検討をつけながら、うっかり飛び跳ねてしまいそうな衝動を必死に抑える。できる限り表情を殺し、何を考えているかわからない無表情を作ると、執務室の扉を開けた。
「失礼します」
胸に片手を当て、騎士としての礼を取る。
十年もこの仕事を続けていれば、こういった所作は呼吸をするのと同じくらい自然にできるものだ。
「おう、来たか、クラリス」
片手を上げて軽く挨拶するのは、部屋の最奥――執務机に座る壮年の男。
緋色の瞳と髪を持つ、騎士団最強の男にして、頼れる上司であり、兄貴分でもあるギルバート・エインズワース。
「お呼びと聞き、参上しました」
「まあ座れ」
目の前の椅子を指差されたので、遠慮なく腰を下ろす。
基礎訓練で流した汗はすでに引いており、むしろ肌寒いくらいだった。折りたたんだタオルを膝に置き、姿勢を正す。
ギルバートを正面から見据えながら、改めて思う。
出会った頃、彼はまだ二十代後半だった。
今では三児の父となり、顔には深い皺と年季の入ったシミが刻まれている。年月を感じさせる変化だ。
「クラリス」
「はい」
「お前に……その、内示がある」
(よっしゃあ! キタコレ!)
心の中で叫びながら、外見上は冷静を装う。
浮かれた様子を見せたくないし、何より、声が上擦って裏返りそうなのを必死で抑えた。
指先が震えそうになるのも、歯を食いしばって我慢だ。我慢。
長い間出し続けてきた、辺境地防衛のための要望書。異動願いをしつこく願い続けて早数年。
ギルバートの様子からして、とうとう通ったに違いない。
(これで……ようやく、故郷に帰れる……!)
長い、長い道のりだった。
私は、望んでいた未来が実現することに胸を躍らせ、感慨深くて思わず目を閉じた。
だが、この後、一瞬でこの想いを断ち切られようなどとは露ほども思わなかった。