表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/6

上司からの呼び出し。



 騎士団長ギルバートの執務室は、詰め所の通路の一番奥にある。その手前には左右にひとつずつ部屋があり、左が副団長である私の執務室、右が経理書類などを管理する事務室だった。


 階級が上がり、副団長の地位を得たことで、個別の執務室が与えられた上、隣接する仮眠室を私室として使うことも許される。以前は領の宿舎で、数少ない女性団員たちと相部屋だったが、一年前の昇進を機に、私はこの執務室を自分の住処とすることにした。


 とはいえ、ここに住み着くようなもの好きは私くらいなものだ。


 騎士団員の多くは貴族の子弟であり、王都に邸宅を持っているか、少なくとも狭苦しい領以外で寝泊まりができる者ばかり。領で寝泊まりするのは平民出身の者や、タウンハウスを持たない遠方の子男爵くらいだった。


 ――だというのに。


 ラフェル・フォーデインは、なぜか私と同じく、詰め所に住み着いていた。


(伯爵子息なんだから、わざわざここで寝泊まりしなくてもいいでしょうに)


 貴族の身分を持ち、聞いたところによればタウンハウスも所持しているというのに、彼は一年間ずっと、騎士団の施設で生活していた。そのせいで、毎日顔を合わせる羽目になっていたのだ。


 だが、それももうすぐ終わるかもしれない。


 私は思わず、くふふと相好を崩しかけ、慌てて引き締める。


(もしかして……ついに「あの件」が通ったのかも)


 呼び出しの理由に検討をつけながら、うっかり飛び跳ねてしまいそうな衝動を必死に抑える。できる限り表情を殺し、何を考えているかわからない無表情を作ると、執務室の扉を開けた。


「失礼します」


 胸に片手を当て、騎士としての礼を取る。


 十年もこの仕事を続けていれば、こういった所作は呼吸をするのと同じくらい自然にできるものだ。


「おう、来たか、クラリス」


 片手を上げて軽く挨拶するのは、部屋の最奥――執務机に座る壮年の男。


 緋色の瞳と髪を持つ、騎士団最強の男にして、頼れる上司であり、兄貴分でもあるギルバート・エインズワース。


「お呼びと聞き、参上しました」

「まあ座れ」


 目の前の椅子を指差されたので、遠慮なく腰を下ろす。


 基礎訓練で流した汗はすでに引いており、むしろ肌寒いくらいだった。折りたたんだタオルを膝に置き、姿勢を正す。


 ギルバートを正面から見据えながら、改めて思う。


 出会った頃、彼はまだ二十代後半だった。


 今では三児の父となり、顔には深い皺と年季の入ったシミが刻まれている。年月を感じさせる変化だ。


「クラリス」

「はい」

「お前に……その、内示がある」

(よっしゃあ! キタコレ!)


 心の中で叫びながら、外見上は冷静を装う。


 浮かれた様子を見せたくないし、何より、声が上擦って裏返りそうなのを必死で抑えた。


 指先が震えそうになるのも、歯を食いしばって我慢だ。我慢。


 長い間出し続けてきた、辺境地防衛のための要望書。異動願いをしつこく願い続けて早数年。


 ギルバートの様子からして、とうとう通ったに違いない。


(これで……ようやく、故郷に帰れる……!)


 長い、長い道のりだった。

 

 私は、望んでいた未来が実現することに胸を躍らせ、感慨深くて思わず目を閉じた。


 だが、この後、一瞬でこの想いを断ち切られようなどとは露ほども思わなかった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ