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犬猿の仲の「同僚」の様子が何故かおかしい。





 三週間前――。


 騎士団の詰め所。


 基礎訓練を終え、額の汗を拭いながらタオルを肩にかける。団長に呼ばれているので、少し息を整えつつ、細い廊下を歩いていた時だった。


 ちょうど執務室から出てきたところらしい、私がこの騎士団で最も苦手とする男――フォーデイン伯爵家の跡取り息子、ラフェル・フォーデインと鉢合わせる。


 彼は不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、普段よりも険しい表情でこちらに向かって歩いてきていた。


(うわっ……最悪。なんでよりによって今、コイツと遭遇するのよ)


 平民出身の叩き上げ、しかも女。それだけで何かと突っかかってくるこの男が、私は心底苦手だった。


 確かに、騎士団にはいろんな考えの人間がいる。女性だからと目くじらを立て、実力も確かめずに無能扱いしてくる輩も珍しくはない。けれど、そういう手合いは一度剣を交えて泣きを見れば大人しくなる。私もこれまで、そうやって何人もの偏見持ちの騎士たちを黙らせてきた。


 だが、ラフェルだけは違った。


(何かにつけて、細かく嫌味を言ってくる小姑みたいな性格が、ほんっっっと無理)


 向こうもこちらに気づいたらしく、落としていた肩をすっと戻し、まるで敵を見るかのような目つきで鋭く睨みつけてくる。


 金髪碧眼の整った顔立ち。そこそこ見目の良い部類に入るのだろうが、それがまた厄介だった。


 彼には妙に熱心な取り巻きの女性たちがついていて、騎士団の詰め所まで入ってくることはさすがにないものの、王都の保安警備の巡察で、なぜか帰城の時間が同じになることが多い。そのせいで、門前で彼にべったりと張り付く令嬢たちから毎回やっかみを受ける羽目になっていた。


(無駄に敵を増やしてくるし、嫌味ばっかり言ってくるし、ほんと苦手)


 実務は有能、剣の腕も確か。しかも、私以外の女性騎士とは普通に会話しているあたり、どう考えても私だけが嫌いなのだろう、と結論づける。


 とはいえ、いちいち気にするのも馬鹿らしい。こじれにこじれた関係が続いて二年半。いつの間にか、ラフェルの言動を徹底的に無視してやり過ごす技を身につけていた。


 だからこそ、今回もいつものようにスルーしてしまうつもりだったのだが――。


 ラフェルとすれ違いざま、妙な違和感を覚えた。


(あれ?)


 普段なら、彼は形式上の礼を取った後、立ち止まり、これでもかというほどの嫌味を浴びせてくる。貴族出身とはいえ、ここは騎士団。身分ではなく、役職の序列がものを言う世界だ。


 私は星三つの等級持ちの士官であり、これは伯爵位に相当する地位にあたる。平民出身ということで軽んじられがちではあるものの、階級としては彼より上なのだから、彼は私に敬礼をしなければならない。


 彼は伯爵子爵、私は伯爵位相当だが、星二つより星三つの階級の方が騎士団では階級が上になる。


 もちろん、粋がってタメ口をきいてくる下士官を一発で黙らせる権限も持っている。


 だからこそ、毎度のことながらラフェルは、敬礼の際にほんのわずかな隙を狙って嫌味をぶつけてくるのだが――今日は違った。


 ラフェルは、ただ一瞬だけ私を睨むように見下ろしただけで、何も言わず、そのまま背を向けてふらふらと歩き出したのだ。本人はまっすぐ歩いているつもりなのかもしれないが、人にあたりそうになったり、壁にぶつかったりしている。


 抱えきれないショックなことでもあったかのような様子である。


「……珍しいこともあるのねぇ」


 つい、ぽつりと独り言が漏れる。


(……いや、気のせいか、な?)


 とはいえ、嫌いな人間の機嫌を気にしてやるほど、私は暇ではない。


 軽く肩をすくめると、私は足を止めることなく、そのまま執務室へと向かった。





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