四字熟語学園奇譚 読み切り版
「本名バレちゃったわね? ふふふ!」
一人の少年が顔を青ざめながら尻もちをついている。その少年に楽しそうに話しかけるスタイルの良い長髪の少女。
「不用心ね? 油断大敵くん? いえ……」
長髪の少女は髪を逆立て、口角をこれ以上ないほど上げながら、不敵に笑い不敵に告げる。
「○○くん?」
「校内放送よりお知らせです! 本名を呼ばれた生徒、油断大敵くんは退学となります!」
そして名を告げられた少年は跡形もなく消失した。
翌日、閑散とし静かな学校。そのとある教室にて、苺のヘアピンをしたショートカットの少女が耳付きフードのパーカーを羽織った天然パーマの少年の体を揺すっている。
「ねえ聞いた!? 油断くん退学だって! ねえ聞いてる!? 暗鬼!」
「聞いてる……体揺するな……一会……」
「ふふっ! 仲良しねお二人さん!」
二人に声をかけるスタイルの良い長髪の少女。
「あ!」
「一期一会ちゃん、疑心暗鬼くん」
「おはよう! 魑魅魍魎さん! 今日も麗しい! 胸でかい!」
「……」
一期一会と呼ばれた少女は元気に挨拶を返したが、疑心暗鬼とよばれた少年はやや顔を顰めて無言を貫く。
「退学者がでるなんて残念ね」
魑魅魍魎と呼ばれた長髪の少女は、悲しそう、に見えるだけの表情をして頬に手を添えながら話を続ける。
「与えられた四字に相応しくある為に本名とは縁を切るのが校則だからね〜」
魑魅魍魎は笑顔を浮かべ、そのニヤけた目で二人を品定めするように見つめる。
「お二人とも気をつけなさい? 幼なじみでお互いの本名知ってるからってうっかり呼び合わないでね?」
そっと手を差し伸べる魑魅魍魎。その手は一期一会の頬を艶めかしく触れる。
「こんなチャーミングな子とお別れなんてしたくないからね?」
「はわわ……魑魅お姉様……」
「……」
「それじゃあね」
「ハイッ!」
「魑魅魍魎……」
教室を後にする魑魅魍魎の横目で見ながら疑心暗鬼は誰に聞こえるともない小声で呟く。
「魑魅は人を害する怪物、魍魎は幼児ににて人を騙す怪物、まったく……疑わしいな」
「ふふふ、一会ちゃん可愛いわね、ほんと……カワイイ」
教室を後にした魑魅魍魎は、ややボサボサの長髪を逆立てながら不敵に呟く。
「悪戯しがいがありそうね、私が私らしくある為に」
一限目、体育。
「ほう! この唯我独尊様相手にまだ粘るとは……面白い!」
唯我独尊と名乗る、やけにガタイのしっかりした長身の男がドッチボールのボールを大きな片手で掴み高らかに吠える。相手コートには臨戦態勢をする一期一会が。
「だが最後の一人になるのは俺様よーっ!」
「だって唯我くん本気で投げるから当たったら絶対痛いもん!」
「手加減無用! それが俺様の流儀よ!」
「勝たんでも負けないもん! 痛いのやだもん!」
「……」
外野では疑心暗鬼がその顛末を静かに見守っていた。
二限目、美術。
「美とは贅と遊びを極めてこそ価値あるものへとなるのよ!」
美術室でキャンパスに囲まれた中央に艶めかしいポージングをしながら授業の進行をする、宝塚に出てそうな見た目の、男が語る。
「そうこのワタクシ! 酒池肉林の様に!」
セクシーさをアピールする為なのかまたポージングを変える酒池肉林。
「さあワタクシをキャンパスに収められるかしら!」
「酒池さん!」
「何かしら一会レディ?」
「酒池さんみたいに美しいさと色香を持つにはどうしたらいいんですか!」
「ふふっ! そうね、一会レディの場合先ずはあるがままの自分を知り受け入れることよ!」
「思ったよりも哲学チック! 意外!」
「ちょっと一会レディ? ワタクシ馬鹿にしてたわね!」
「……」
疑心暗鬼は一期一会と酒池肉林のやりとりを静観しながら、やる気のないデッサンを始めた。
三限目、書道。
「書道……字に向き合い筆を走らせる」
静かに筆を走らせる眼鏡を掛けた細めの少年。
「それは己を知り見つめ直す、心を整える作法です」
筆を物音を立てずに整然に置き、一呼吸置いてから皆に話しかける。
「この学園で生活していくうえで字を知るということは何より大事なことです。私の名、明鏡止水の様に心静かに取り組みましょう」
「むむむ……なかなかどうしてこうなった……」
「どうしました? 一会さん」
明鏡止水と名乗った眼鏡の男は一期一会の作品を見る。そこにはすごい太字で紙からはみ出しそうな、大雑把に書かれた自身の名前、一期一会の字であった。やや呆気に取られる明鏡止水。
「……そうですね……勢いがありダイナミックなのも自分と向き合った結果でしょうが……もう少し丁寧にというか読めるようにしましょう」
「でも……私には止まれませんでした……この筆の昂りを!」
(画数多い名前のやつ大変だろーなー)
かく言う疑心暗鬼はまだ一文字も進んでいない。
昼休み。
「白河ちゃ〜ん! 夜船ちゃ〜ん! お昼一緒に食べよ!」
「むにゃにゃ〜……むにゃ」
「やっぱり寝てるね! じゃあ今度ね! ちくしょー!」
一期一会に白河夜船と呼ばれた小柄な少女は気持ちよさそうに自分の座席で眠っていた。
「はぁ……また誘えなかった……暗鬼〜」
「今日も今日とて元気元気だな、一会」
「うーん、でも今は元気元気じゃなくて元気くらいだよ〜」
「じゃあいいじゃん」
一期一会と疑心暗鬼は駄べりながら昼食のお弁当を食べ始めた。
「楽しそうだな、一会」
「えへへ……うん、楽しいよ!」
「……それはいい事だな」
疑心暗鬼はクラスのメンバー、唯我独尊、酒池肉林、明鏡止水、白河夜船、そして魑魅魍魎の姿を思い浮かべた。
「ここでの出会いを大事にする。一期一会の名に相応しい事だ。一会はきっと卒業できるよ」
真面目かつ優しいトーンで疑心暗鬼は一期一会に話しかける。
「にしても疑り深い俺と違って仲良くなるのが早いこと」
やや自嘲気味にボヤく疑心暗鬼。伸びをしながら話を続ける。
「一会と出会った奴らも楽しいし嬉しいだろうな」
「……暗鬼はさ、私と出会って関わった事後悔してないの?」
「は? なんで? するわけねぇよ」
「でも……私のせいで今ここにいるじゃん」
「それがどうした、むしろラッキーな事だろ」
「うん……でも……」
「まだ気にしてんのか、一会」
先程までの明るい様子から、落ち込んだ心持ちで話す一期一会。疑心暗鬼は真摯な姿勢で俯いた一期一会に語りかける。
「あの時、俺がそうすべきと思ったからそうしたまでだろ」
疑心暗鬼は迷うことなく一期一会に告げる。
「結局何も変えること出来なかったけどな……悪かった」
その言葉には後悔の念が込められていた。
「暗鬼が謝る必要ないじゃん……謝らなきゃなのはむしろ私じゃん……だって……」
やや目を潤ませながら、一期一会は話を続けた。
「私を庇おうとして……一緒に車に轢かれて……死んじゃったから。とっても痛かったの憶えてるし……」
一期一会は思い出す。居眠り運転をしていたトラックが自分に迫ってきた時の事を。それを庇おうと一緒に轢かれた幼なじみの疑心暗鬼。
「私と関わらなければさ、そんな痛い思いしなくて済んだんじゃないかって……」
ひざの上で握る拳が強く震える。
「死ぬのは私一人で済んだんじゃないかって……」
「勝手に背負い込むなよ。真面目かよ」
疑心暗鬼は優しく一期一会の頭に手を添える。
「俺は一会といると楽しいし、一会の事は疑う事なく接する事が出来るしな。そんなネガティブ発言らしくねーぞ」
暗い気持ちを軽くするかのように、明るい声のトーンで疑心暗鬼は俯く一期一会に話しかける。
「俺は一会と出会えた事が嬉しい。こうして一緒に楽しく関われる事もな。後悔なんてねぇよ」
「うぅ……」
「だってさ、大好きな子を助けようとするのなんて当たり前だろ」
「……」
「……」
「はわわ……」
急に告げられた自身への好意に、顔を赤面させあたふたする一期一会。
「何を今更照れてんだよ。前から知ってるだろ? 何だそんな恥ずかしい事俺言ったか?」
「いや……その……やっぱ直に言われると……」
「そんな照れんなよカワイイじゃねえか」
「っ〜!」
「……」
「えへへ! じゃあさ約束しよ! 指切り!」
「一緒に卒業して生き返るって!」
「ああ、約束だ」
「うんっ!」
笑顔で指切りをする二人。その様子を廊下から見ていたのは魑魅魍魎。
「……」
(ふふふ……リア充してるわね妬ましい。死ねばいいのに)
社交的な体裁とは異なる本音の声。魑魅魍魎の本性。額にはやや苛立ちの様相が浮かんでいた。
(あ! もう私達死んでるんだった! うっかりうっかり!)
「ほ〜んと悪戯しがいありそうね! 次は私が担当の時限ね。どうしようかしら」
わざとらしく笑みを浮かべる魑魅魍魎。それは無邪気に邪気を孕んだ子供のようであった。
「二人の愛は乗り越えられるかしら。理不尽な障害に。人の理から外れた災いに」
四限目、国語。
「今日は自習にしましょ! まだこの学園生活も始まったばかり。一人で知識を深めてもいいし、みんなと交流を深める事も大事だと私は思います」
この時間は魑魅魍魎が進行を務めていた。
「私達は奇跡的に生き返りのチャンスを与えられた仲間! みんなで卒業出来るよう力を合わせましょ!」
「さっすがー! 魑魅お姉様!ふっふー!」
「一会ちゃん!」
「はっはい!」
艶めかしく一期一会の手を取る魑魅魍魎。
「よかったら屋上でキャッチボールでもしない? 私そういうの憧れててね〜。どうかしら一会ちゃん?」
「ぜひとも! キャー!」
「私ボール取ってくるから先行っててね? それじゃ!」
「ハイッ〜!」
「……」
疑心暗鬼は、鋭い視線で魑魅魍魎を睨む。
魑魅魍魎は無邪気な笑みを浮かべながら校舎外の体育倉庫からボールを取り出し、軽く上に投げ手遊びしていた。
「何を企んでる。魑魅魍魎さんよ」
疑心暗鬼は魑魅魍魎の後をつけ、校舎外に来ていた。
「前の退学者もお前の仕業だろ俺にはわかる」
「あら? 何の事かしら? 心外だわ? それとも何か根拠があって?」
「今の俺には心を疑う力がある。読心術とまではいかないが相手の思惑を把握出来る」
鋭い視線で魑魅魍魎を睨みながら疑心暗鬼は話を続ける。
「与えられた字、疑心の力だ」
疑心暗鬼、その名前の言葉に力があると言う。
「お前の心には疑わしい何かを企む感情で満ちている。あんたも使えるんだろ? 字の力」
「あら? どうでしょう?」
「この学園はスクナヒコナという神の力で成り立っている。この生き返りもその神の気まぐれのおかげだしな」
二人が校舎外で話している中、学校を全体見渡せる宙にはボサボサ髪のコロボックルのような存在が浮遊していた。
「自分の神格を高める為と自身の楽しみで俺らは集められた。俺は何がなんでもここを卒業して生き返る。一会と一緒にだ。あいつに負い目なんて残したくない」
その拳に力が篭もる。
「あんたがその名に相応しくある為他を貶めるなら、一会に悪さをしようものなら」
目を見開いて血気盛んな表情で魑魅魍魎に告げる。
「潰すぞ」
「あら怖い怖い! それが愛の力なのかしら妬ましい!」
疑心暗鬼の前では体裁を作らず、本性をだす魑魅魍魎。
「まあバレてるようだからぶっちゃけるけど私も字の力使えるわよ! この力は本当に私を肯定してくれる力ね!」
ウキウキと多弁になる魑魅魍魎。
「ねぇ、あなたの生前と四字の繋がりはあるかしら? 私は与えられるべくして貰えたと思ってるわ」
やや声のトーンを落としおどけながらもどこか真剣な様子で語りを続ける。
「生前の私は模範的な優等生でそれはもう地味な真面目ちゃんよ? それをいい事に周囲は期待を込めて私にばっかり試練を与えた」
過去の自分像を思い出す魑魅魍魎。
「この子の為だと! 勝手に理不尽に! 本人の気持ちなんて考えもせず! 人って愚かよね。で、自分もその愚かな人と同種なんだと思ったらね」
それはしがらみから解放されたかのようなはち切れんばかりの笑顔だった。
「もうどうでもよくなって、死んじゃったの!」
両腕を広げ、天を仰ぎ高らかに宣った。
「そしたら私に与えられたのは人の理を超えた、魑魅魍魎! 私感極まっちゃったわ! 生前の苦悩と頑張りをスクナヒコナは見ててくれた! 人に対して障害や試練を与える側の存在になれたの!」
「……」
疑心暗鬼は魑魅魍魎の豹変ぶりに言葉が詰まる。
「私の名の力、どんなのか想像つく? 人を害する怪物の力よ? 怪物は人の目には見えず理を超えたもの。そうね例えば……」
魑魅魍魎は指で宙をなぞる。何か魔法を操るかのように。
「自然の力を操る事ができたり……ね?」
一方その頃、屋上、その扉が開く。
(学校の屋上ってワクワクする!)
一期一会が一人、屋上に現れる。風が強く吹き始めた。
(魑魅さんまだかな? 風強いな〜)
「ちょ〜っと強く風を吹かせてちょ〜っと動きを誘導したり」
(おっとっと、風強い!)
予想以上の強風に一期一会は体がフェンス側に運ばれてしまう。
「自然の物質、例えば鉄のフェンスならその劣化を進めたりしたりね?」
魑魅魍魎は満面の笑みでしたたかに疑心暗鬼に告げる。
「この学園では死ぬ事はないし、すぐ治るけど痛みはあるわ! もーし屋上から落ちたりしたらそれはそれは痛くて苦しいでしょーね!」
「てめぇ……」
「あ! 私はあくまで自然をちょ〜っといじったまでよ? その後どうなるかはわからないわ! でもきっと大丈夫!」
一期一会が風に煽られてフェンスに寄りかかるように押し付けられる。そのフェンスは異常に錆びて劣化していた。
「痛い思いをする前に本名を呼べば一会ちゃんはつら〜い思いをしなくて済むわね!」
「え」
一期一会が寄りかかったフェンスが外れ、体が屋上から宙に放り出される。
「さあ試練の時よ! 本名を呼んでこの学園から退学させて存在を消すか、それともこのまま痛〜い思いをしてもらうか!」
楽しげに煽りを続ける魑魅魍魎。表情を暗くする疑心暗鬼。
「俺は約束したからな。二人一緒に卒業するって。それにもう痛い思いもさせねえ」
耳付きパーカーを深く被る疑心暗鬼。その耳は見方によれば鬼の角にも見えた。
「俺は今あんたに対して暗い感情を抱いてる。それは俺を鬼へと変える源となる」
歯には牙が生え、爪も鋭く伸び、身体中の筋肉は強ばり脈が浮き出す。その姿はまさに鬼。
「覚えとけ。俺は疑うは心。暗きより顕現する人の理を超えた鬼の力を有する者。疑心暗鬼だ。あんたのほざいた試練や選択肢なんざ関係ねぇ」
「……へぇかっこいい〜」
つまらなさそうな魑魅魍魎を他所に、疑心暗鬼は屋上から落ちてくる一期一会の元へ。高速で移動し、地面に落下する前に抱きかかえる。
「大丈夫か一会」
「……うん」
「全くお前は人を信じすぎだ。それがお前の魅力だけどな」
「信じてたよ。助けてくれるって」
「とーぜん」
「約束も守ってくれてありがとう……絶対二人で生き返るって」
「痛い思いももうさせねえからな」
「うん……ありがとう」
安心したのか少し涙を潤ませた一期一会は、疑心暗鬼の胸に顔を寄せる。その頭を優しく抱き寄せる疑心暗鬼。
「……」
その様子を恨めしそうに、しかし表情は笑顔のまま魑魅魍魎が二人の傍に寄ってくる。
「大丈夫? 一会ちゃん! 屋上から落っこちてくるなんてびっくりよ!」
「はわわ〜魑魅さん怖かったよ〜」
いつものテンションに戻った一期一会をやや呆れ顔で見る疑心暗鬼。
「そうだ! 屋上で遊べなかったから今遊ぼ! 指相撲しよ!」
「ええ……」
有無を言わせず魑魅魍魎の指を絡めてくる一期一会。その勢いにさすがの魑魅魍魎もたじろいでしまう。
「……!」
予想外の指の力で押さえつけられる魑魅魍魎。全力の親指の圧で自身の指が潰さて痛みを感じる。
「に〜が〜さ〜な〜い!」
「ちょっ! 痛い痛い! 降参! 降参っ!」
「あと五秒〜!」
「ちょっ! やめてって!」
「ね! 痛いのやでしょ!」
(さすがにバレたか……ふぅ……痛い……)
やや情けない涙目になりながら一期一会に背を向ける魑魅魍魎。その様子を疑心暗鬼はざまぁみろとでも言わん笑顔でニヤニヤ見ている。
「も〜魑魅さんとの出会いも私は大事にしたいんだけど……」
しみじみと瞳を閉じながら一期一会は語り出す。
「今度同じ様なことしたら……私と出会ったこと、後悔させちゃうからね?」
「……ええ……き、気をつけるわ」
瞳を見開き圧のある表情と声で、魑魅魍魎を圧倒する。
「じゃ! 仲直りで何かしよ! 楽しい事!」
(何この子……怖っ)
「いやその前に一回しばくぞ」
その様子をはるか上空でふわふわ漂うスクナヒコナが見ていた。
「ふふふ、皆各々字を介して己に向き合っておるな! 良きかな良きかな。我が楽しみも増えるというものじゃ。この四字熟語学園を開いて正解じゃ!」
純新無垢な子供の笑顔でスクナヒコナはひとり呟く。
「さてさて四字を与えられし子供達よ! 見せておくれ! 学園長のわらわに卒業に相応しいかをな!」
連載を考えている四字熟語を擬人化的にした、四字熟語学園奇譚の読み切り版です。評価やご感想頂けたらとても嬉しく、連載への励み、学びになります!