7.暗闇の猫
下の地面はすごく柔らかかった。
多分、蜂の巣だった物の残骸だ。ふわふわな状態で堆積してて俺とエルさんの落下の衝撃を吸収してくれた。
すぐに上を見る。
六角柱の天板が崩れ外が見える。
一瞬キリン頭が見えたが、その後見えなくなってしまった。
あたりをすぐに見渡す。
六角柱の内側、結構せまい。
登れる場所が、のぼれるか?
エルさんは?
大丈夫じゃなさそうだけどできることがない。
幸い、捨てられた蜂の巣っぽい。蜂がいない。
すぐ脱出しなきゃ、早くなんとかしないと。ここごと踏み潰されたらひとたまりないし、蜂が俺たちを見つけたら積む。
目が霞む。
手が壁かかるところ‥、あれ、
思考が止まる、なんだっけ?
たって、尻もち付いた。
「帰ってくる保証はまじのホントにないのわかってんのか?」
「わかってるつもり」
「つもりじゃわかってないのと同じだく! そもそもお前がそこまでする責任なんてねぇよ!」
「そうは思わないとおもう」
「そもそも お前までいなくなるのは違うだろ! お前には母親だっているだろ?!」
「母親いなくたって放置されていいと思わないって。ここまで準備手伝ってくれて本当にありがとう」
「手伝ったの間違いだったさ! こんな本気と思わないだろ」
「そう‥‥‥? かなりお金かけたと思うけど」
「直前で踏みとどまると思ったんだよ」
「ありがとう。でも俺は行かないといけないし、このままじゃあね。だからちゃんと見つけてくる。そんで帰ってくる」
「海へのとびこみと違うんだぞ」
「約束する」
「俺に対する保証は?」
「絶対に連れ帰ってくる」
「根拠たりない」
「じゃ、すげー帰ってくる」
「‥‥‥」
「頭の悪い、やり直し」
「行ってきます」
「‥‥‥絶対帰ってこいよ?」
「帰る」
「あと、サバイバルナイフは絶対なくすな! 俺の趣味で選んだけど一番高けーんだ、いいやつだから返せよ!」
目が開いた。
天井に穴が空いてる。
起き上がってあたりを見回す。
ねてた?!
時間はどれだけたった?!
エルさんは?!
いた!
「起きた」
「無事?!」
知りたいことが多い、落ち着け俺。
一つづつ確認だ。
「やつからの土産だ」
視線で示された六角の部屋の隅に2本くらい、枝が立てかけられている。
水を吸えるやつだ。
「あ、ありがとうございます」
とりあえず口つける。
そんで考える。
エルさんが普通にしてるなら、回復したんだ。
俺が寝る前に寝てたはずだからそれなりに時間立ってる、のか?
「ここに落ちてどれくらいかわかります?」
「知るか」
小突かれるよう蹴られた。早く立てと。
寝心地は悪くなかった気がする。
ふかふかだし。
「待っててくれたんですね」
「違う、一人じゃでれない」
今ので色々思い出した。
ここ、蜂の巣の中だった。この感じ、廃棄されて住んでいないところなんだろうか。感覚的に少なくとも1時間以上はここにいたんじゃないだろうか? それだけいて蜂が来てないなら、ここにはもう来ないだろう。
「その喋り方やめろ」
「敬語のことですか? ダンカンさんにも言われましたけど、そっか、俺も気をつけるつもりだったけどもとに戻ってる。じゃ改めて、エルさん? でいいの?」
何も言わなくなった。俺がかしこまってもうざったいだけか。
「じゃ、ここを出る相談したいんだけど、どういう状態?」
「あの男にはここにいろと言われてる」
「じゃ待つか」
ダンカンさんの指示には従った方がいいね。
しかし、ここ暑い。湿気が凄い、喉も乾く。わがままでしかないけどさっきの水じゃ足りないな。それもなんとかしなきゃ。
「やっぱ、動こう。脱出の準備と、飲み物の確保。色々確認した上でダンカンさんの指示を待とう」
結構な湿度だ。
かなり汗もでてる。きもちわるいけど、薄暗く何がいるかもわからないようなこの場所で肌を晒したくない。この服でよかった。立ち上がり、土を払う。
虫とか色々ついてたんだろうけど、想像するのやめよう。
「登ろうとした?」
「外は蜂だらけだ、簡単には出れない。あの男が準備するらしい、待つほかない」
「だいたいわかった、ありがとう」
俺もこれ、登れないな。数メートルある。
瓦礫もあるから、うまく積み上げれば多少はなんとかなるかな?
それとやっぱり蜂はいるか。
壁に耳を当ててみる。
昔のテレビの砂嵐みたいな雑音。奥行きが生々しい。
ここが、廃棄された巣でホントよかった。
「壁に近づくな」
「え」
すぐに離れる。
何かまずい?!
エルさんが足元をさす。
暗い影の中になんか通りそうな穴が空いてる。
「もっと周り見てから動け」
たしかに今のは俺が軽率すぎたのか。動物の足跡がある。
こんな蜂の巣の中に住み着いてるやつがいるのか。
コツン。コツン。コツン。
ポケットの中で何かが振動する。
一瞬スマホかと思ったが、あれはリュックに入れてたからもうない。ポケットに手を突っ込んで思い出した。
ダンカンさんに渡された木の球だ。
これが振動してた。
「3回くらい揺れた?」
エルさんが手元を見てる。
「これ、なんか聞いてます?」
「知るか」
なんかの合図か? 使い方とか聞いてない。
なんで聞かなかったんだろ? 落ち着いていれば思い至ったか。
とりあえず、叩いてみる。意味あるのかわからないけど。
少し待っても、何も起らない。
「ちょっとこれ、わかんない。なんか緊急なやつじゃないといいけど。とりあえず、すぐ出れる準備だけしようか」
まずは脱出のルートの用意だ。
頑張らなくてもさっと登れるようにしないといけない。
瓦礫を崩さないように持ち上げてみる。意外と軽い。
蓋部分はまさに板って感じで硬めだけど、壁部分の瓦礫は層状になって剥離して割れる。
「これ、積んで登れるようにしましょうか」
返事はないが、体を動かしはじめてる。
エルさんなりの肯定なんだろう。
六角形の部屋の壁は上の方ですべて破壊されてる。
隣の部屋の巣は生きてたのもあったっぽいけど、蜂が出てくる様子はない。
たぶん修復に労力を集中してるんじゃないだろうか。
上の日々の方には黒い蠢きがみえる。どうも蟻と蜂の混合巣らしい。
蜂が戦って、蟻が巣を守るって感じかな。
6方確認して一方だけ蜂の気配だけない。あのキリンに踏み潰されて巣自体はだめになったのだろうか。だとしたら脱出がかなり楽になる。登る際に蜂に見つかったら今度はここに戻って追跡をのがれられるんだか。
ああ、舌が乾く。
湿度と気温がたかい。不快指数が高い。
脱水を考えるとあまり長居できない。あとどれくらいが俺の限界か?
エルさんは平気なのか?
「エルさん、喉乾いてる? いや、水持ってるわけじゃないけどさ」
こっちを見るも直ぐに目線を切られる。
振動がした。
玉じゃない。地震ではないか。
少し止まって様子を伺うと、振動は断続的に続いている。
「あんまり良い予感がしない、いいことがここで起こるとは思わないけどさ。急ごう」
足音だ、増えてる。多分キリンがまだいるんだ。
崩壊した天井から見える蜂も増えてる。
ポケットの木の玉も再び3回振動する。
「なんか起こってる」
瓦礫はまだあるけど、多分足りない。
少し登れるようになって隣の放棄された六角形の空間を覗ける。
暗くてよくわからないが、何もいない気がする。
エルさんに代わって見てもらう。
エルさんならもしかしたら暗視できるんじゃないかと
「動きは見えない、お前降りろ」
「俺?」
「援護はする」
多分というか完全に使われてる感じだ。
でも、まあ行くけどさ。怪我人に行けとは言えない。
「なんか飛ばしてたやつ、アレつかえるの?」
「今は1回だけだ、それ以上はない」
「ありがとう」
何もいないけどいるなら瓦礫の下だ。
なにかあっても小さいやつだけ、よし行こう。
再び代わって、縁に手をかけて降りる。
さっさと瓦礫を積んでこっち側の瓦礫の足場を高くしよう。
暗いと高く感じてるけど意外とひくいというか、フカフカで折りやすかった。
「さて、さっさとやろう」
瓦礫を立てる、大きいの1枚でギリギリ登れそうになるやつがあった。立てかけて、エルさんに渡せるようにする。
1枚、2枚、3枚
ん?
大きめの瓦礫の下に何やら動く影があった。
正直心臓はバクバクしてる。
黒い子猫達? ミーって鳴いてる。シャーに変わった。
「何もしないよ。瓦礫に潰されなくて良かったね。じゃ礫だけもらってくね」
引き続き作業を続ける。
こんな状況じゃなきゃ愛でてただろうね。
どう見ても子猫。
「おいっ! 上がれ!」
「えっ!?」
やばいっ?!
いきなり声を挙げられると心臓に効く。
何もわからないけど多分、警告だ、いそげ。
登る用の瓦礫に上がり始めた時に暗がりから、何が俺に飛び込んできた。それは体当たり。
足場も悪く転ぶ。
それは暗がりに紛れた。
足場が柔らかいとぱっと立つことがこんなにもできないのか。
ズボンの裾を引っ張られる、噛んでるんだ!
まずいっ!
払えっ!
眼の前で何かが弾ける。
俺も弾き出されて壁に持たれる。
な、ないふっ!
それは暗がりでこっちを見てる。
暗くてあまり見えないはずなのにしっかりとこちらを見据えてる。
言ってしまえば、ただの猫にしか見えない。
キリンやシワシワの犬と比べて見たことある家猫のはず。
だが、危害を加えるぞという意思は今までにないくらい痛く届く。
つまり猫の向こう、子猫がいる。
子を守ろうとしている。
危害を加えるつもりなんてさらさらない。
瓦礫をだけほしい、猫にとっても邪魔なんじゃないのか。
でもそれはどんな方法をもっても伝わらない。
きっと、後ろに少しずつでも下がって行けば少なくとも襲わないことは理解してもらえる。
下がれればだ。
六角形の一辺の壁から紙一枚だけ、背を離す。
そろそろと手をナイフに伸ばす。
猫が毛を逆立てにじり寄ってくる。
多分間合いを詰めてる、あとどれくらいだ?
跳んできた。
避け、壁蹴ってうわっ!
闇雲に顔を腕で守って飛び退く。
何されたかわからなかった。酷い唸り声しかわかってない。
あとナイフがぶつかった感覚も。
登るための瓦礫を崩してしまった。
再び間合いがとられる。
腕はギリギリ切られてない、裾だけ破れてるっぽい。
幸運だと思うけどナイフで守れた。
ナイフを前に突き出す。
ちゃんと握って前を見る。
めっちゃ疾い。多分俺はこの猫の攻撃を認識もできない。
でも突撃の瞬間だけはわかる。
少なくとも俺の顔以外は服で守れるから顔と首に来たときだけナイフで守れるように構える。
こうか?
肘を曲げてどこから来てもナイフがすぐに首を守れる位置に置く。顔から上は首守ってれば自動的に守れる、はず。
腰も落とす。
俺からボールを奪いにくるやつに対応する時と一緒だ。
どうする? 登れないぞ。諦めてもくれないぞ。
猫が突然後ろに飛び退く。
自分でもわかる、俺の反応が全く追いついてない。
その直後にストンとエルさんが着地した。
「ちゃんと動け」
エルさんは手負いだ。だから俺が前に出ていた。でも
助けが来て凄くホッとした自分がいる。不甲斐ない。
そして何故とも思った。エルさん、俺を助けるような人だっけ?
猫が暗闇に消えた。
見失った。
まずい。
「エルさん、見えてる?」
「見失った、物陰だけ見てろ」
360°瓦礫だらけ、物陰しかない。壁に寄った方が…
「ここにいろ、そっち見てろ)
「本気?」
六角形の真中あたりに背中合わせで立った。
これ、俺、この半分を見ろと?
見てても反応できないのに?
正気?
「俺は」
「黙ってろ」
むぅ、切り替えるしかない。
足元は柔らかすぎる土だ。猫の体重なら物陰からでて踏み切る時に沈んで跳び出す間が普通よりある、と思う。物陰から出る瞬間を捉えられれば俺でもいけるか。行くしかない。
できることやってるだけじゃ、まずい。
呼吸をおとすというか、胸の膨らみを抑えてゆっくりだ。
余計なノイズ落とせ。
暗闇のどこにも焦点を置かない、意識は視界全体にまんべんなく。
どこ? 見えない、動いてるのか?
心臓は高鳴ってるのに呼吸抑えてるから少しつらい。
背後のエルさんも動く気配はない。
振動。
この巣の外でなにか響く。それは感じる。
振動。
立てかけた瓦礫が一つ崩れる。
同時に影が跳び出す。
俺はそれを見てた。
見たから、動かさなきゃ。
後ろから首を引っ張られる。
すぐに白い手が脇から飛び込む。
アームカバーが暗い色だから、白い手が目立つのか。
それは俺の腹を蹴りあがった影に突き刺さる。
「ミギャウ」
影はエルさんの手に弾き飛ばされて落ちる。
すぐに立ち上がろうとするもなにか液体を垂らしてる。
その直後にエルさんが飛び出しトドメといわんばかりに強烈な蹴りを入れて壁に叩きつけた。
再び落ちたそれは動いているように見えない。
大きな振動。
さっきより大きく、この六角柱に振動が響きこんできてる。
「作業しろ」
「えっ、ああ、はい」
影を尻目に、次に子猫が目に入る。
エルさんは多分脅威と見てないから放置してるのだろう。
そんな余裕ないのに、この子達は親がなくなったんだと思った。
「こっ、これだけ積めれば登れる」
「早く登れ」
頷いて先に登ろうとして手が止まる。
さっきまでほとんどいなかった蜂が空を多い始めてる。
「いいタイミングだ」
沢山飛び交う蜂を背景に葉っぱまみれのダンカンさんが覗き込んでいた。