4.根の天然水
大樹。雲が多すぎて全体像が全く掴めない。
顎の中は見れてないし、あんまり見たくない。
「あっ、ありがとうございます」
噛まれる寸前だった。
助けてもらわなきゃ終わりだったと思う。
おおきくなった心臓の脈拍だけが残り、呼吸が狂う。
「すぐ行くぞ」
森の向こうの騒ぎが大きくなっている。
一息つく余裕がほしい、ダンカンさんには悪いけど少しゆっくりついていく。
そういえば森に入ったからか、ついてきていた薄黄色の雲は見えない。あれは森の中に入れないのだろうか。
霧に見え隠れする向こうに生えてる綿の木が揺れている場所がある。あっちの方でなにか暴れているけどエルさんはいるんだろうか?
時折、何か大きな動物の頭が木より高い位置に見えるけど、キリン?
今更刺された手が痛む、見てみるとブヨに刺されたみたいに大きめな刺されあとになってる。温かいけど痒くはなくただツーンと持続的だ。
「あれは避けていく」
ダンカンさんの指示にうなずく。
単純に危険な生き物なんだろうか、言われたままにするしかない。
今さっきの青いワニはなんだか異質な感じがした。
いや、視界に入る木を含めた生き物はどれも見たことなく、何かしら知らないものだなのだけど。
そのなかでも、原色の青は浮くし、顎の中の顔。
あんな生き物がいるのか。
あてもなく歩いていると思いきや、ダンカンさんは的確にエルさんの行動を予測してたのか見つけた。
いくらか足元の枝の一振りでも幅は結構あるのにこんな簡単には見つかるもんなの?
「動けるか?」
木々のざわめきからたいして離れてない木の影に座り込むエルさんはこっちを見て、視線を落とす。無理したのか毛並みがさっきより汚れ、血のにじみも増え、青いシミもある。
無理がたたって動けなくなったって感じだ。
「エルさん、立てますか?」
睨みつけらる。
返事はされない、けど否定もない。
なら肯定と受け取っていいはずだ、この人は俺の慣れたタイプかもしれない。
「動かせるか、すぐに離れるぞ」
手を差し出すも取らずに自分で立ち上がる。
ゆっくり、足腰に来てるのかふらふらしてる。
「近くで休めるところ探しましょう」
「ああ。カワセミはエルにつけ。休息地を確保する」
結局、肩を貸す。
短時間といえど、慣れない場所で疲れてきたのか、俺も足がもつれそうになってる。少し浮足立つ感じもある。
それに水分もろくに取れてない。
すこし考える、サバイバル道具はナイフ以外なくした。
食料もなくしたのは結構絶望的な気持ちになるけど、取りにも戻れない。どうにもならないことはダンカンさんに期待してなんとか。果物とか最悪、食べれる草でもあるでしょう。
あのキリンみたいなやつはやばいらしい、でも目立つから避けられる。けど青いワニは目立つ見た目と裏腹にステルスかましてくる。
注意せねば。
足元のじゃない太い枝が見えた。
広いといえど枝の上だ、脇にそれるのはあっという間。
幹の方からいい匂いがする。
「ここらで一旦休憩とる。水の確保はボクがいく、カワセミはエルをみながらすこしこのあたりを整えてくれ。近くにいるからこれを使え」
手渡されるのは丸いなにか。
「なんですかこれ?」
「これをこのくらいの勢いで叩け、信号がでる」
「信号?」
いちいち知らないことばっかり。
木製のピンポン玉みたいなもの、ところどころ木目の隙間に綺麗な青い透明な樹脂のようなものが詰まってる。
「それを3回とん、ととの音程で叩けはボクに音が伝わるはずだ」
「へえ、すごいですねこれ」
機械が入ってるようには見えない、どういう仕組みなんだろう? 試しにやってみるとダンカンさんが頷く。なにも起こってないみたいだけど?
「それじゃ、行ってくる」
「あ、行ってらっしゃい」
行っちゃった。
とりあえず整えるか。草倒して広場でも作ればいいかな、刈る必要はないかな。
「休んでてください」
すでに何も言わずに休んでた。
どういう人なんだろう? 獣人って普通にいるものなのかな? 直接それ聞くのはなにか気を悪くしないかな?
とりあえずコミュニケーションしよ。
「エルさんってどこから来たんですか?」
草を踏み倒す。
「エルさん?」
聞いてるけど、返事する気ないだけっぽい。
「この景色すごいですよね、とんでもなくでっかい木。なんのきなんでしょう。って感じの曲があって、もしかしたらこんな木を見て言ったのかもしれないなって」
聞いてるかな?
聞いてなくてもいいんだけどさ。
そのあと返されるかかわからない独り言やめて、草を倒す。
ダンカンさんが枝を何本か持って戻ってきた。白い綿のついたやつだ。
「水だ。これを吸えば飲める」
俺とエルさんにそれぞれ渡して、ダンカンさんは枝の切り口に吸い付く。
断面からは水が滴っている。綿もみずみずしい、綿の部分ちゃんと観察すると知らない器官じゃなくて根っこ、根毛が変化したものらしい。
口つけてみる。木の匂いが染み付いた水の味、飲めなくはまったくない。
「ふう」
スポンジから飲んだ気分。一本でコップの半分ぐらいか、とりあえずスッキリした。
エルさんはまだ飲んでない。
「のまないんですか?」
「他で水取れるなら構わない。ないなら飲め。わがまま言える状況の判断つかないのか?」
不信感があるんだろう、俺が根拠もなく信用しすぎてるのかもしれない。
とは思ったけど、もはや俺としては信用せざるを得ないだよね。ダンカンさん無しじゃいきのこれない。
「とりあえず、俺は飲めましたよ」
「 その喋り方短くしてくれ」
「おれ? 喋り方って敬語のことですか?」
「そうだ。いちいち聞くのに時間がかかる」
確かに敬語は語尾につけるから面倒なのわかる。
「いいんですか?」
「ああ」
「じゃあ、タメ口で」
最初は違和感あるけど、本人が言うなら。
「ダンカンさんって何歳なの?」
「さんってのは敬称のつもりだろう? それもいらない」
「あー、じゃあ……ダンカン」
「エルにも同様にしろ、今は敬語とかしてる余裕はない」
「わかった」
「おれは、12だ」
「えっ?」
見た目、高校生くらいだぞ。
「俺、16。ダンカンが年下に見えない」
「同じ意見さ」
少し考えてみてきづいた。
「あ、そうか、ここは異世界だから一年の期間が違うのかも」
「そうだな。当てにならない指標だ」
じゃ、エルさんのきいても仕方ないな。
でも実際にいくつなんだろう? 見た目から全然わかんない。口ぶりは落ち着いてはいるし、そんな子供って感じでもないし。
「エル、いいかげん飲め。脱水で動けなくなるのはわかるな」
「気になるなら、俺が一口もらって確認しようか」
俺の提案したところで、エルさんは枝に口づける。
少しホッとした。それでポケットのキャラメルを思いだす。
「これ食べます? キャラメルなんですけども」
「あれが来た」
「あれ?」
エルさんはすでに立ち上がろうとしている。
きづいなかったのは俺だけ。
ダンカンさんが指す方をみると、青いワニが何匹か森の中から出てくる。その向こうに森が騒がしい気がする。
「追い立てだ。巻き込まれる前に移動する」
「どっちへ?」
「あっちだ」
幹の方を指している。
俺もすぐに枝の水を飲んで捨てる。
「カワセミはエルのフォロー、エルはカワセミごと身を守れ」
すぐに走り始める。
中途半端に休んだせいか、さっきよりしんどい気がする。
はやく切り替えなければ。