2.しわしわ犬
ダンカン
黄色と茶色のアクセントの入った緑主体のマントとその下の格調ばった服。それから派手な意匠の入った杖を持っている。
ダンカンさんが名付けたばかりの名で呼ぶのは、若干の抵抗あったけど、他がない。
肩を貸しつけてダンカンさんの後ろに引く。
犬は3匹。追い払うのになんかほしい。
ダンカンさんの足止めに期待する間もなく、すり抜けて1匹が俺達の方へくる。はじめからこちら狙いなのだろうか。
逃げられない。またエルさんを抱えて全力で走ることはできても逃げ切れない。
俺が前に出るしかない。
すぐに噛み付いてくるだろう。
エルさんを背後に回して、少し乱暴だけど手で突き放す。
それから自分の腰に手をまわす。
硬い手触り、絶対いると言われたアイテム。固いスナップを外して取り出すのはサバイバルナイフ。
焼き付けて黒い色をした刃を向ける。
手が震えてる、どう当てればいいかわからない。
たるたるの犬が突っ込んでくる。とにかく刃を当てろ!
腕を後ろから毛だらけの手で掴まれる、刃先のブレがとまった。
そのまま腕を動かされる。
しわしわの犬の喉に刃先が少しだけ食い込み、ナイフが弾かれ、すっ飛んでった。
俺の握る力が弱すぎた。
だか、首をえぐられたたるたるの犬は引いた。
「ひろえっ」
言われてすぐ、おちたナイフに飛びつく。
「群れが来る前に引くぞっ!」
ダンカンさんが下がり3匹を改めて杖で牽制する。そのまま顎で指された方を見る。斜め上伸びた枝が見える。
そっちって、行き止まりじゃないのか?
それにここをはなれたら。
「荷物がっ」
「余裕ないっ、来いっ!」
ダンカンさんに押し出される、エルさんもそのまま引っ張るかたちになる。
リュックがないと結構やばい。まだ、取りに戻る余裕あるはずと思った。しかしエルさんにはたかれた、目が足を引っ張るなと言ってる気がする。
喉に血を流すしわしわ犬を含め二匹が威嚇し、もう一匹が遠吠えをあげた。
ダンカンさんに促されるまま、枝のふちの方へ向かう。
枝分かれし、雲海を離れ上の方に続いている。
先は雲に隠れて見えない。
「こっちいったら、行き止まりじゃないんですかっ!?」
「まずついてこいっ! 仲間を呼ばれてる、逃げ切るならこっちしかないんだっ。説明はする」
分かれた枝もまだはるか太い。
そこにエルさんに肩を貸して進んでいく、荷物はどうにかしたいけどいまはダンカンさんに従うしかない。
しわしわ犬はすこし離れて追ってきてるが近づいては来なくなった。
この先、進めなくなったら追い詰められるのでは?
さっきいたところに他の犬も集まり始めているのがちらりと見える。
枝の下、雲の海を見る。不透明。
いくつも浮かぶ雲によりとぎれとぎれにしか見えないが、どうやら雲は巨大なすり鉢状になっていて幹の方が底の中心となっているように思えた。
足元の枝には小さな虫もいる、見たことない形のカブトムシ。
背中がツルッとしておらず、樹皮にカモフラージュされている。それが長い溝にびっしり。
女子なら悲鳴ものだ。
「説明しろ」
「ああ」
たるたるの犬は10頭以上に増えたが、こちらに迫る様子はない。道も細くなった、細い道で一匹ずつ倒すとか、落とすとかか?
「下に枝が見えるだろ、そこに飛び移る。あれらは戻れないから、そこまでおってこない」
下を見る。今いる枝が雲海から高いところに来て、下に別の枝が重なり始めている。
ふと、真横のほうからまんまるの黄ばんだ雲が、近づいているのに気づく。
「結構な高さありますけど、もうちょっと近いとこ探すんですよね?」
「もう少し、近いとこがあればだが、このくらいでもいいだろう」
良くはない、5メートル以上多分ある。なんだか見慣れない雲と枝の景色に目が疲れてきた。
「来る」
「え」
犬が遠吠えを上げた。
すでに集まりきった犬たちは様子見をやめ、牙を見せ始める。
一匹が駆け出す。二匹三匹、渋滞が解き放たれ固まりになって向かってくる。
「走れ! 全力だ」
早いっ!
こんな木の上走りにくいのに!
エルさんを肩にはきつい。
「すみませんっ!」
エルさんは体重がやたら軽いから肩貸すより、抱き上げてしまったほうがいい。
今度は転ばないでしょ。
「飛べるなら飛べっ」
た
下の枝は見えるがとても飛べない。
真下じゃないからずれたら雲の海に真っ逆さまだ。
それにそもそも高さがある。
「エルさん! ゆっくり着地するやつできますかっ?!」
「無理だ」
「うそでしょ!」
ダンカンさんは都度下を確認しつつ先頭を走り、なんのためらい、ためもなく下に飛んだ。まじで飛んだ。
結構な高さがあったにも関わらず、きっちり下の枝に向かい着地した。
「枝しなってる」
ダンカンさん枝をしっかり掴んでこらえる。
無理だって、あんなん!
飛べる気が全くしない!
「先にいく」
エルさんが腕からするりとぬけ、怪我を感じさせず一足だけ蹴り宙に飛んだ。
飛べるのあたりまえなのか?!
後ろを振り向くと群れが迫ってきている。ひとまず、走れ!
もっと飛びやすいところ!
見回してもちっとも近いとこがない。 2人がとんだ場所がましだったかと思う程度には。
ちょっとずつ、枝も細くなっている。
「なにをしてるっ! とべっ!」
無理言う、体重の軽いエルさんはともかくあんな高さ飛べるわけないっ! 3階建てくらいの高さあるのに!
振り返ると距離を詰めて来ている、まずい。
走る速度を早める。もはや下に伸びた枝があればいいが、ここにはない。
「飛ぶなカワセミっ」
後ろで小爆発、例のやつだ。
ダンカンさんの叫び声が聞こえた、2度目で言葉そのものの意味を理解した。
下を見る、ダンカンさんが杖をブンブン回している。
飛べないんだから、飛ぶなってありがたいけど。
後ろの状況はどうしたらいい?!
離れた前の方で小爆発、何がおきたかと思ったが、音のしたところでうす黄色い雲が、破裂して浮かんでいる。
構わず走り抜ける。
ダンカンさん達のいる枝からはさらに高さに差が出てきた。もはや飛ぶのはダンカンさんだってむりだ。
足場の枝が分かれて一気に細くなる。縦に伸びた枝を支えに手で掴んで進む。
しわしわ犬たちは落ちないように慎重になって追いかけてくる。
真下に枝がなくもう降りれない、もう少しでこの枝も進めなくなる。枝も俺の重さでしなる。ナイフを構え振り返る。
ここで粘るしかない、小爆発の援護があればしのぎきれるかもしれない。
先頭のしわしわの犬が枝の上で跳ねた。
枝が揺れ、慌てて枝にしがみつく。
先頭は飛ぶのをやめて、こっちに進み始める。背後の奴らは息を合わせて跳ねて枝を揺らし始める。
落とす気か? いや違う。落ちないようにしがみつかされてるんだ。
先頭の犬は長い指で足場の枝を掴み、激しい上下の揺れをものともしていない。
反対に俺は立っているどころでなく、枝に寝そべりしがみつく。
揺れはいっそう激しくなってくる。
絶叫マシンなんて比じゃない、あいつらはこういう狩りをしているんだ。
杖での援護が飛んできているっぽいが、距離と揺れで当たらない。もうすぐ雲が2人を遮ってしまう。
もはや自分でなんとかしなきゃいけない。
息を吸い直す、よりしっかり枝に体を密着させ、振り落とされないようにする。ナイフを握りしめる。
「ふーっ、やるぞ」
枝はまだ太い。
下に大きく揺れるタイミングで、枝を抱く腕を緩ませ
振り飛ばされる要領で枝の末の方へ滑っていく。
これは勘の位置だ。
ナイフを人の腕ほど細くなった枝に刺す。表面が砕ける。やる方法はおもついた。
枝の繊維が見える、枝がおおきく揺れて激しくしなる。
繊維が一気に音を立てて弾け始める。それと同時にナイフを素早くしまう。
めっちゃ後悔してる。
これなら普通に飛んだ方がましだったかもしれない。
しなりに耐えきれず、枝は俺を乗せたまま折れる。
折れた位置を支点に弧を描いて落ちはじめた。
目は開けろ!!
雲を抜けた瞬間、飛び移る方向と距離を把握するんだ!
心臓が縮こまる。雲を突き抜けた瞬間、予想通りダンカンさんとエルさんが離れた枝に見えた。そこまでは飛べないけど、手前に着地できる枝が見える。
振り子の最下点から少し上がった瞬間に俺は手を離し、折れた枝を蹴りそこねる。
飛距離が足りなくなった!
手だけでも、枝に届け!
空中を跳んで、枝に手が届く。
が、飛んだ勢いをころしきれない、俺の片手の握力じゃなんの役にも立たない。枝の下側から体が通り過ぎる、バチンと手がが外れる。
下はもうない、雲の海。
覚悟を決めて来たが、限界か。
まだだ、雲の海に落ちても死ぬとは限らない!
雲海を睨む。
肩に衝撃。手首をがっちり捕まえられていた。
俺の手は完全に枝からは外れていたが、ダンカンさんが俺を支える。
「いい跳躍だ。文句はあるがすぐ上がれ」
カワセミ最初のハイライトでした。