5.サイみたいなウサギ
途中何度か体を休めるポイントがあったから都度少し休む。それを数回繰り返し半分まで登る。そして下を見てみる。
怖くなりそうだからオーバーハングが終わるここまで下を見ないようにしていた。
先ほどまでいた場所、雲に隠れながら長く遠く大枝は俺の真下にみえる。少ししてミーシャさんの小屋を見つけた。
それから気づく。
お墓の数が尋常でない。
その辺りの森の隙間から覗く分だけそれだ実際はもっと多いはず。小屋を出た時に見たのはその一角だけ、これだけ作り続けたミーシャさんを思うとゾッとする。
ここからミーシャさんは見えない。戦闘に不向きだしここを登るのも厳しいから下に残ると言っていた。代わりにハーブを貸してくれると、簡単な言葉だったら聞いてくれるようにしてくれたらしい。今はいないけどハーブ専用の昇降ルートがあるらしい、そっちでいいじゃんと思ったが俺には無理らしい。蛇だし。
ミーシャさんに教わったことを反芻しながら登り続ける。
大枝も殆ど登り終えて傾斜が緩くなってきてるからもう苦労しないだろう。
やることはミーシャさんに教わった村の果樹園の確認、探索拠点の確保、ダンカンたちとはぐれた場所を確認、大蜘蛛をなんとかする作戦を作ること。
それぞれ言葉にすると単純だけど、この環境だそうはうまくいかないだろうな。
村人からは隠れる。野生生物からも隠れる。虫とかに気を付ける。
青い服は持ってきたけど、拠点においていく。
これから色々ナイフをはじめとして役に立つもの集めないといけない。
ナイフ、縫い針、糸、食料、水場、蜘蛛討伐に使えそうなもの。
ミーシャさんと話して知ったこと。雨というものはこの世界にはないらしい。
代わりに水を運ぶのは雲だ。屋根はなくてもいいけど、雲をやり過ごせる場所がいる。
あれに突入すると身体に水滴がかなりつく。
今までは登山服の防水性でどうにかなってたけど、破れちゃったから着れない。いま着てる肌着じゃ、雲に突っ込んだだけでびしょびしょになるだろう。だから、今は雲も避けなければならない。
ハーブはそろそろつくかな?
というかハーブはいざ戦闘になったら心強いかもだけど、隠れるのには向いてないね。
身軽に進みたいし、細かい指示は分からないだろうからお留守番を頼むことになりそう。
傾斜がだいぶないところまで来て、警戒レベルを引き上げて進む。
村に入れば草木は取り除かれてるから、村に入らず極力草木の中を移動する。
隙あれば建物に忍び込んで物資の確保だ。
ふぅ、心臓に悪い時間が始まる……。
ちょっとした広場にきた。この中心の木が他の樹木を寄せ付けないからできる天然の広場らしい。ここで待てばハーブが来てくれるはず、と思ったら来た。
「よろしくハーブ」
舌をピロリとだす、返事のつもりかな。
そしてすぐ、少し大きめの木のそばに待てをして果実園と拠点探しを始める。
多分村のある大枝だし、キリンみたいな巨獣はいないよな、どちらかと言うと野犬みたいなのが怖い。
いや、この枝落ちて来てんだ、虫みたいなの以外はほとんど振り落とされてんじゃないのか?
なら虫だけ気をつけりゃいいか、今までよりもう少し大胆でも多分大丈夫かな?
さっさとやることをやってしまいたいし。
森に入って進んですぐに開けた場所が見えた。
村の建物らしきものと畑だ。雲の合間から見える建物はほとんどが倒壊している。畑も綺麗に整頓されて続いていている、なんの作物なのかはよく分からないけども。
ぱっと見ナイフをなくした場所は見当たらない。
村と畑は大枝に沿って伸びているようだ。
作物の背丈は俺の身長くらいはある、これなら屈めば身を隠して進める。
まずは潰れたのも含めて一軒一軒みて回ろう。
行き先として下る方向に進むのは決めてる。
落ちた大枝の端から登ってからアレらに遭遇してるんだ、下に行けばあそこに着くはず。
じゃ、一軒目行ってみよう。
まずあったのは半壊しているが、平屋の建物。小さい小屋だから壊れなかったのかな?
ドアを開けてすぐ遺体を見つけてしまった。建物の中で打ち付けたのだろう、資材が激しく散らばる中に混ざってボロボロになって横たわっていた。
そして我慢出来ないほどの腐敗臭。
すぐに出る。
沢山物はあったけど、正直中を漁る気になれない。
新鮮な空気をいっぱい吸って気分を切り替える。
戻ってこられれば埋葬しますので待っててください。
「目ぼしいのがなかったらまた来よう」
小屋周りを一周する。
あるのは骨と木材でできた農具らしきものが原型をとどめず作物に絡まっている。
土を耕すやつとか収穫に使いそうなハサミのような物、なのかな?
とりあえず戦闘に使えそうな物はない。
荷車が離れたところに転がっていた。壊れていたが、隠れて腰掛けるには丁度いい。
腰掛けて背後にくくりつけておいた杖を取り出し回してみる。合間合間で試してこう、俺にも使えるかもしれない。ダンカンみたいに綺麗に回せないけどそれなりでやる。
振りかざす。
何も起きない。
振りかざす、何も起きない。一旦あきらめる。
木の玉をポケットから出して振動を与える。定時連絡だけど時計ないからやるタイミングはまちまちになるけど、しかない。
幾らか通過したうち、潰れてない2軒目を見つける。
聞き耳をたてて中の様子を伺い、そっとドアあける。
腐敗臭はない。
中は一間だけ。幾つも散らばるもの中にキャンパス、絵が上をむいてあった。
粗い品質で厚手の紙がキャンパスの様に枠に張られ、墨汁の様に黒い執筆で何かを織ってる様が描かれていた。
中には4人描かれている。多分身長差的に家族って感じだ。
なんかちょいちょい日本風の要素があるな。
中国かもしれないけど、そんなもんなのかな。
絵の具とかないだろうし。
あ、筆と硯っぽいのもあるな。
しばらくぼうっと見ていた。
「この家族は生きているといいな」
先ほどの小屋に比べて物は少ない。同じ農具と絵があるだけだ。ひとまず拠点としよう。つぎは果実園探して食料の確保だ。
外に出ると人の話し声が聞こえた。
隠れよう。
素早く農作物の中に紛れる。
青い服じゃなくて良かった。
二人組っぽいな、近づいて話を聞いてみたけど俺じゃ多分見つかるな。ここでじっとしてるのがベスト。
でもやっぱり見たい。
少しだけなら⋯⋯、よく見えないけど首筋に黒いのが見える、多分棘刺さってるな。
あれ、抜いたらなんとかならないのかな。
ミーシャさんも分からないとは言ってたけど。
あれ? 傾斜登ってる。
大蜘蛛って下の方にいたよな?
身の世話するなら、大蜘蛛のそばにいると思ってたけど、あれは何してんだ?
もしかしてあの先に果実園、あるんじゃないか?
よし、ついてこう。
追跡は失敗した。
ギリギリの距離でどうせ大枝に沿って一方しかないと思って視界から切れても、無理に探さずゆっくりすすんだら、見失った。
そりゃ見失うか、大枝に沿って一方向つったって村の部分だけで幅100メートル以上はあるもんな。
仕方ない、でも、果樹園らしきものはあった。
他の食物と違って小さい区画で背丈も低く植えられてるやつ。
片手で持てるサイズの小さい赤いラグビーボールみたいな形の実がついてる。
この世界に来る前に、散策に入った山の中で時折見つけて食べてたアケビに似てる。縦に割れ目が入って、中に食べれそうな部分がある感じ。
ミーシャさんが言ってたやつってこれだよな?
とりあえずむしって、割れ目を割いてみる。
虫は入ってない、よし!
食べた、味を薄くて汁を減らしたライチかな?
美味とはいかないけど、全然食べれる。
というか虫食よりすごく全然食べれる!
アケビみたいに自生してれば、みんなで食べれたな。
よし、袋とかカゴないけど4つくらいなら持てるかな。そこまで拠点候補からそこまで遠くないし、必要に応じて往復しよ。
登り方向の散策は打ち切り、下に戻る。
水の心配してたけど、雲の水分がすごく、服とか樹木に水滴がついてるの見て思いついた。
拠点に戻ってすぐら登山服の袖を枝に結び、その下に拾ってきた食器と思われる器を置いておく。
そのうち、雲が通過して水滴がついて、流れて、溜まるだろう。
ハーブを木の広場から連れてきてこの拠点で待ってもらう。
ある程度自由にしていいよって言ったけど、さて、わかってないだろうな。でも、その場で硬直してたわけではないから多分柔軟にやってくれるはず。
拠点をでて折れ落ちたこの大枝を下るとすぐにバレーボールのネットのような物を見つけた。
スポーツするのかと一瞬思ったけど、どうやら違うようだ。
高さが結構ある。よく作ったなこれと思う程度には。
そしてその下に大きな壺が壊れて大きな水溜まりになってる。
あ、これ、あれか。
俺が作ったた集水器のちゃんとしたやつだ。
しかも壺以外壊れてない。
水確保完璧、むしろ集めすぎて小さな池だ。完全防水の登山靴で良かった。 桶を壺の代わりに置いて、仮拠点に戻るときに持ってこう。
もう少し大枝を降りる。
降りるに従い、建物が増えていく。
畑の小屋じゃなくて住居用のものもだ。
大体木造の簡素な作りであったが、大体共通してるのは凄く裾広がりなんだ。建物の四隅からX字に4方向に根っこのように木材が伸びてる。
これまで崩壊した建物をみた結果、これは地面に基礎みたいのがうてないかわりに建物を固定するためっぽい。伸びた木材は地面となっている大枝の凹凸に合わせて形を変えてある。
もちろんそれごと折れて、基礎しか木材が残ってない建物すらある。
大蜘蛛に襲われたときあった建物は、その吹っ飛んだ部分なのかもしれない。
ミーシャさんとこの小屋は間違いなくそう。
倒壊した建物が多いということは、それだけ端材があちこちに落ちているんだ。
そのまま武器になるようなものは見つからないけど、盾になりそうな物は見つけた。
丁度取手になりそうな部分もついてる。
それが3つくらい。 1つづつ比較して良いのを選ぶ。これなら大蛇、大鷲対策にできそう。
ふと、崩れてる建物を前に辺りを見回す。
なんか、さみしいな。
友達と探検した廃ホテルを思い出す。
ここに来るきっかけになった事件。
あまり思い出したくないけど、俺がもっとしっかりしてたら2人が居なくなることはなかったはず。
黒澤とサッチー。
あの牛型、きっと2人と何かあったんだろうな。
あの暴れっぷり、落とすしかなかったけど落とさないで2人の痕跡追う方法あったのかな。
あ、包丁っぽいのある。
全体的に木製だけど刃の部分だけ白くノコギリみたいになってる。これ、骨か。
シルエットが包丁っぽいし多分そうだろ、強度にふあんはあるけどナイフの代わりになるかな。
ちゃんと使えば杖の方がいいんだけど、使えないしな。
とりあえず両方装備しよう。
ナイフホルダーに入らね。ポケット突っ込んだら流石に穴あくよな。
ふと盾とナイフを左右の手で持つ。
RPG感めっちゃ出てきた。
試しに雑草に振りかぶってみる。
だめだこりゃ、草の繊維に負けてる。
ノコギリみたいだけど、そういうの期待しちゃ駄目だな。まぁノコギリは振りかぶるものじゃないけど。
バッグが欲しい。一旦戻るか。
採水所まで戻ったら、なんかいた。
猫? いやうさぎ?
水飲む姿は猫だけど、尻尾と耳がうさぎ。
こっちに気づいた。鼻がなんか尖ってる、角? サイか?
いやまて、 首に棘刺さってる!!
そっと下がって荷物を静かに置く。
動きが威嚇する猫のそれだよ。
盾は持ってないと。
拾った中で小ぶりな盾代わりの端材。
あとでロープ巻いて使いやすくするつもりのやつ。
くるなよ、くるな、くるか。
盾を構える。突進に合わせてたたきつければあの体格だ、弾き飛ばせるはず。
まっ、足、はやっ!
進路を変えてギザギザに左右に振り始めた、しかもめっちゃ速
ドンッ
盾が手から弾かれる。しかも割られた。
合わせるタイミングずらされ、持つための改造してない取手を取り落とす。
体格からは想像できないほどキツイ衝撃だった。
蜂の巣の中で遭遇した猫を思い出す。
似たシチュエーション、今度は頼れるエルはいない。
まずい!
武器がない。
態勢を崩されてる、既に次の突進してる。
ギザギザフェイントもかけず真っ直ぐに。
せめてナイフ。
猫に襲われた時と同じようにノコギリ骨包丁をコンパクトに、振らなくても当たるように刃先だけ向けて置く。
跳躍、と見せかけて一旦横跳び、そこまでは予想できた!
俺がフェイントに反応すると突進は不発に終わった。
なら視界から離さないで後ろにすり足。
というかなんで問答無用なんだよ!
俺の慣れない蹴りは多分間に合わない。
受けるしかない。
ただし、絶対に正面からだ。
うさぎのサイドステップに距離を開けつつ、必ず正面に対峙できる位置をなんとか。
少し知能があるのか、俺の隙を狙うべく調整をしてるっぽい。逆にそれを利用して少しだけ考える時間作れる、誘導もかけられる。
観察すると首輪つけてるのがわかった、村人についてたものと同じ棘もついてる。
お、よし、ここ!
少しだけ視線をきる、油断のふりする。
腰も落とす。
食いついた!
突進はクソほど速い、捉えられない、でもそれはわかってる。
ドンッ
いっ!
わかってても痛い、でも狙いは胴体なのはさっきの突進とじわじわとした詰め方からもわかってた。だからダメージを最低限に腕で防御姿勢とって腕輪で角だけ防ぐ。
腕は痺れてるけど、ダメージは最小限!
うさぎの脚も止めたこのチャンス!!
手を伸ばす。どこかをつかむ!
よし来た、これは後ろ脚!!
「オラァ!」
振り回す、抗えないだろう。
これが体格差!
そのままポーンと直上に振り投げる。
うさぎとにらみ合いながら下がった場所、その足下にある瓦礫のちょうどよい棒切れを素早くつかんで、バッターの構えをとる。
「とどめぇ!」
自由落下なら、逃げられまい。
あ、だめだ! 棒が軽すぎた、力入れすぎてる!
芯にヒットせず、棒切れも折れる、だが、着地をきめようとしていたうさぎの態勢だけ崩し地面に衝突する。
そこそこの高さから落ちたもののそのウサギは体重少ないのすぐに立った。脚にダメージはあったのか、びっこひいてる。
その様子じゃ走れないだろう、そのままどっか行ってくれ。
駄目らしい、こっちにそのままめっちゃ敵意増々、いや、なにか変だ。怯えてる?
試しにどんと地面を踏み鳴らす。
めっちゃビビってんじゃん。
でも、隙あらば突っ込んでこようとしてる。
「諦めてくれ!」
もう一度威嚇しても様子は変わらず、仕方なしに踏み込んで蹴っ飛ばす。脚を怪我してる状況で、避けられず転がり飛んでいく。
うさぎは立ち上がる。
やっと逃げようとしてくれ、いやなんで振り返ってくんだよ。
俺のメンタル的にもキツイ。
襲ってきたから対処はするけど、なんか様子おかしいぞ。
棘、棘か!!
うさぎの顔は逃げたくてたまらない感はあるし、逃げかけてもいた。でもまたこっちに来る。
結局、ボコボコにしてしまった。
死んではないけど瀕死、罪悪感が半端ない。
許してと乞うような目で何度も襲ってくる、そういう生き物なのか、そうは思えないけども。
今は苦しそうに寝息だけたててる。
俺がある程度離れてもわざわざ追ってきたし、巣を守りたいとかそういのでもなさそう。
やっぱり棘だな。
脚を縛って動けなくする。口も猿ぐつわみたいにして。
ノコギリ骨包丁を取り出して棘を、切ってみるか。こいつが元凶らしいし、外れればなんとかなるか?
とりあえず引き抜けそうにはなかった。
色々試して結局、ノコギリ骨包丁で力技の切断をした。
棘の断面からなにか汁みたいのがとろりとたれた。
棒で突っついてみるとねばりと糸引く。
なにこれキモい。いや、溶けたのか。なにこれ?
少し血も混じってるし、これ以上は俺の精神衛生に良くない。
これで、蜘蛛の隷属から抜けられればいいけど。多分うまくいってない気もする。
このサイみたいな角のあるうさぎだけど、こんな好戦的とは思えない。草食動物ってそんなもんなのか?
あれ、うさぎって草食動物だよな?
ふと気付く、さっきまで呼吸していたうさぎは息を止めていた。背筋が冷える。
うそ、なんで?
足を動かしてみても反応がない。
死んだ?
殴りすぎた?
棘を見てみる、棘の中から出た汁は、ものがかわってサラサラなやつがわずかに流れ出している。
これ? この棘を切ったから? これ切っちゃ駄目なやつなのか?
これは、まじかよ、うそだろ。
嫌々、俺を襲っていた。
ミーシャ曰く、動くための思考を強制されているんだと。
そんな状態で俺を襲って、ボコボコにされて、ここで命を落とした。首輪してるってことは飼い主もいたのかな。
それが目の前で横たわっている。
気づいたら口を真っ直ぐに引き伸ばしてた。
「ごめんな」
襲われた俺が謝る筋合いはないんだろうけど、うさぎの気持ちを考えたらそう言わずにはいられなかった。
あの猫もそう。
しばらく呆然として、その後にロープを外して回収した。




