1.超巨大樹
主人公:日本の高校生。運動能力と試験成績は平均。
茶色がかった黒髪は眉毛にかかるくらい、少し童顔より。ぱっと見で普通の日本の高校生。
お話の最初のシーンでは青色の登山服を上下をまとい、真っ白で大きなリュックをパンパンに膨らませて背負っています。
真っ白でなにも見えない。
体はちゃんしてる? 手は?
あるし、ちゃんと握れる。ひとまず、高校生で死んではないらしい。
周りの様子をちゃんとみれば、真っ白な景色も濃い霧のせい だってことがわかる。足元に硬い地面もちゃんとあって俺は生きてここにいる。
ん?背後に動きを感じる、誰か立っているようだ。
まさかと思って振り返るも流石に期待した人じゃなかった。
でもビビる、輪郭が人間じゃない。この濃霧の中でもわかるくらいそばにいる、犬のような鼻の長い顔で、上半身はくすんだ白い体毛で覆われている。赤っぽいハーフパンツはいて。
足とかの骨格でコスプレとかとは違うのがわかった。
獣人ってやつ?
それと、怪我してるのか腹の毛に血の色がみえる。
「あ」
声が漏れていた。
向こうも俺に気づいたのか目が合う。
縦割れの瞳孔の鋭い目つき、黄金にもみえる色だ。
「えっと、あの」
日本語は通じるのか? スボンはいて、アームカバーだっけかをつけてるくらいだから知性はあると思う。
というかなんで背後にいたんだ?
わからないけど、なにか言わなきゃわからない、はず。
「あの、素敵なスボンですね」
初対面には褒めとけって言われたことを思い出した。
他に言うことはあったと思う、言い訳じみてるけどとっさに出たのがこれだった。
俺を見たまま何も言わない。
日本語わからないのだろうか?
「あ、あのっ」
その獣人は目を離し、俺の背後に視線を移す。
つられてそっちを見る。
霧のせいでよくわからないけど、誰かいる。
「人影?」
「黙ってろ」
あ、日本語だ。
通じてるじゃん。
「我が名はダンカン!」
向こうの影はあるいてきてるのか、輪郭が見えてくる。
「我がチュウシンとなり、力をかせ」
チュウシン?
背後の獣人に聞こうと振り返ったら、なにか腕を振り上げて何かを投げつける動きをしていた。
手には何も持ってはいないけども。
「えっ」
そして、その腕は予想よりキレが悪くなり、そのまま獣人は俺の方に倒れ込む。
「えっ」
何が起きてるのかわからない、そのまま足元に崩れこんでしまった。
「まさかヒトか?」
人影は近寄り輪郭は濃くなってきている。緑色のマントを羽織っている。
そして俺達の方へ杖らしきを向けている。
雰囲気から察するにあの杖らしいのは武器だ。どう使うかはわからないが、そういう構え方に感じた。でも男はなにか当惑した様子にも思える。
俺のズボンが引っ張られる。
「私を連れていけ」
鋭い目で俺を見上げている。怪我がひどいのかわからないけど虚勢を感じた。かすれ声、搾り出したような。
「何を話している! 」
俺は返答もまとまらずにいる。
緑のマントの男、そいつの後ろにも何人かいるのがわかった。
多分、同じように杖をもっているぽい。
どうも俺は変な状態にいるっぽい。
助けを請われた、でもこの獣人を連れて逃げたところでどうなる? でも、この人は怪我をしていて、俺に助けを求めてる。
でも悪い事をしたから追い詰められているのかも知れない。
そんなこと考えたけど、もはやどっちでもよかった。
「失礼します」
脇とヒザ裏にそれぞれが両手を差し込み一気に持ち上げる。でかいリュック背負ってるから背負えない。
思ったよりかずっと軽い、体毛で輪郭が隠れてるけど、かなり細いらしい。
緑の男を一目見て、反対側へ駆け出す。
この濃霧だ、走って壁でもあればぶつかる。
でも本気で走ってやる。濃霧は向こうも同じだけど、土地勘持たれてたらすぐに追いつかれるだろう。だから走るしかない。
「足止めをっ!」
「にがすなっ!」
地面は幸い綺麗に平らにならされている。これならしっかり走れる。
ヒュンと音がした。
直後、足し元で何かが爆ぜた。小規模の爆発だった。
外れたのか外したのか、俺の足に当たったわけではないが踏み込む足はずれて、姿勢をくずしかける。
腕のなかの獣人が呻いたのち、身を俺の背中側に乗り出してくる。
さらに体勢が崩れそうになるのをこらえたところで2発3発と爆ぜる。やっぱり俺を直接狙ってはないらしい。
4発目すると思ったとこで、やんだ。
獣人は肩越しに動いているが、何かをしているんだ。
足場が突然途切れた。
濃霧で足元の縁に気付けなかった。
踏み外してもそこは10センチ程の落差があるだけだ。それでも、転ぶには十分すぎた。
俺はそのまま前に倒れ込む、怪我をした獣人をかばうため体をひねる。
ころぶだけならよかった、地面は進む方向に傾斜がきつくなってた。勢いよく体を打ち付けたあと、濃霧で先の見えない坂を滑り落ちていく。
凹凸だらけの斜面だから獣人から手を離してしがみつけば、少なくとも俺自身は滑り落ちずにすんだだろうって手遅れになってから思いつく。今更手放さないだろうけど。
間もなく頭からそのまま下へ加速していく。
円筒形の場所だったのかすでに斜面は垂直に近く、あがきようもなく宙に放り出されてしまった。
体を支えるものがない。落ちるだけ。
瞬きのあと、霧を抜けた。
さっきいた一帯だけ大きく丸い雲で覆われていたらしい。
それから俺は予想だにしない景色に目をうばわれた。
時も止まったような錯覚。
雲が包むさっきの場所は巨大な橋、いや枝だ。木の枝。
そうとしか言えないし、枝の根元の方には霞んでいる巨大な幹がある。枝は幹を離れるほど広がり、巨大な雲の壁に突き刺さっている。落ちる俺がすり抜けていく枝には水が流れ落ちているものもある。
過ぎていくいくつもの雲の塊、バレーボール大の綿毛、かすかに見える建物群。金色の木肌もっといろんなものが見えたと思う。巨大な扉も見間違えでなければあった。
思考は止まってた、ただ見ている。
「おい!」
耳元で叫ばれて気がつく。
獣人は落下しながら俺の胸ぐらを掴む。
「死ぬなら手を離せっ」
あとから思えば無意識に言葉の意図をちゃんと掴んでいたんだと思う。
死なないなら手を離さなくていい。だから俺は獣人を抱え直した。 そしたら獣人はなにも言わなくなった。
下の方へ体勢を整える。
まだ、死なない。
過ぎ去る小枝が銃弾のようだ。
かするだけでも、肉をもってかれるだろう。
俺が呆けてた間、この獣人が軌道を整えてようだ。もう手は煩わせない。
浮かぶ雲を突き抜ける瞬間は気が気でない。雲の中や向こうに枝があれば、叩きつけられて終わる。
着地をどうするかだ。水面があればなんとかなるのか?
呼吸ができない、体を傾けろ、しっかり見るんだ。
獣人に引かれ大きな枝をまた一つすり抜けた直後、切れ目のない一面の雲の海が現れた。もはや突っ込むしかない。
だが突如として体が持ち上げられた。
正確には体に上向きに力がかかり、落下速度が減速しているんだ。
どうして起きているか理解する前に歩く速度までゆっくりになり、雲海に浮かぶように伸びる大きな枝へ着地した。
ゆっくりに着地したときにはなにもわかってなかったが、思考は落ち着いてはいた。
でも、足に力が入らずそのまま崩れ落ちる。
喋ろうにも口がまわらない。
俺が動けないでいる間、獣人は何もなかったように立って上を、あたりを見回している。
俺も一旦立つことと喋ることは止めて、見回す。
ここを一言で言えば尋常じゃないサイズの木だ。
その一振りの枝の上にいるらしい。今いる場所も上から見た時に枝に見えていたけど、ここから見渡すと雲海に浮かぶ島っていうのが最適だと思う。
陸の方には森がある。
森の木々の中に白い雲が垣間見れる。
俺の知る限りこんな場所は地球にはなかったはずだ。
眼の前の獣人といい、ここは間違いなく俺のいた世界ではない。
「あ、あの、ごほんっ、ありがとうございました!」
怪我がしんどいのかいつの間に座り込んでいた獣人は俺を見る。そのあときつい目つきを自身の腹に向けた。
傷には気づいてはいたが、その酷さまでは認識してなかった。
俺は慌ててリュックをおろして中を漁る。
体はだいぶマシに動いた。取り出すのは三角巾と応急マニュアルブック、それと消毒薬。
「見せてください、手当しますので」
「触るな」
「でもっ」
手で払われるが無理やり覗き込む。
脇腹の当たりにある裂けた傷、極端に大きくはないが流血はすくなくとも気になる。
止血の方法を索引し、手順を確認する。
それから足りないもの、代わりになりそうな物をリュックから引っ張り出して処置していく。
獣人ははじめこそ抵抗していたが、だんだんなされるがままになってくれている。ただの獣なら、最後まで抵抗されただろう。
「不格好だけど、多分これでひとまずのはず」
獣人は止血に使われ、血で汚れたハンカチを摘んで見ている。リュックも見ると血がところどころについてしまった。
これはちゃんと拭かないといけないやつだと思いつつも、洗う場所がない。
消毒液とかを一旦まとめて、キャラメルと飲み物を取り出す。
「……たすかる」
不意の小さい声だったが、ちゃんと聞こえた。
でも気づかないふりして返さないでおいた。
細かい怪我の手当まではする余裕がない。
あたりは森だ、しかも巨大な木の枝の上の。
幹の方へあるいていって地表に降りるのが筋だと思う。
登ればさっきの人たちがいることにいけるだろうが、危ない人たちなのかもしれないし、落ちた高さ考えると登るのは無茶だと思う。
ふと獣人が上をまた仰いでることに気づく。
俺も見上げてみる。
雲と枝の合間に小さい緑の点が現れ、落ちてきている。
すぐに形が大きく鮮明になる。
大きな葉っぱだ。
ただ落ちているのではなくきれいに螺旋を描いてる。
そして、突然こちらに直線してきた。
葉っぱの上に緑のマントの男が乗っている。
追ってきたんだ。
「まじっ!」
キャラメルを持って差し出した手をのかされる。
獣人が立ち上がって、歩き出そうとする。
まともに歩けてはいない。
「え、どこに」
「どけ」
「どけって!?」
俺のおぼつかない手当しかしてないのに無理に動かないで。
「そんなんで逃げられないですよ!」
思った以上に早く飛んできた葉っぱが、俺たちの真上を通りすぎ、砂埃を巻き上げる。
とっさに顔を守る。
「にげられると思うな」
葉っぱから飛び降りたのか、すでに緑のマントの男が立っていた。
金髪で首辺りで綺麗に切りそろえられた髪が落ち着いていく。顔立ちは端正な男性の顔。みごと碧眼金髪、エルフとかそういうのかと思ったけど、耳が尖ってないし普通の人だ。
その人がまた杖を俺たちに向けている。
「待ってくださいっ、俺たち今の状況もわからないんですっ! ここがどこかも」
「それは儀式がすめば教える、いまは大人しくしてろ」
「他を当たれっ」
獣人が俺の背後に回っており、声を荒げる。
緑の男は喋るのをやめ、杖をバトンのように手の上で回し始める。ぼんやりと光る。
問答無用ってつもりらしい。
流石に、そうされたら話し合いなんか出来なくなる。
逃げるか戦うかになるだ。 でもまだなにか、話し合いのきっかけでも作れれば。
「ここまで追ってきてすごいです。普通、あんなとこから落ちたら死にますもん」
なにか喋れば、耳は勝手に聞いてくれる。
なにか興味を引くことができれば、話をつなげる。話し合いにできる、かも。
「この世界の人は落ちるの怖くないんですか? 」
「聞く気はない、我が下僕となれ」
緑の男が口を開いたと思ったら即刻杖をぶん回した。
時間稼ぎがバレてる。
男が振る杖で何が起きるのかはわからない。
きっと俺たちにいいことじゃないだろう。
背後から肩を掴まれ、獣人に首筋に硬いものをあてられ、そのまますっと切られる。
思いもよらない獣人の行動に反応できてない。
「何をしているっ!」
緑の男があわて、回していた杖を俺たちに向かって投げた。余裕をもって獣人は俺の頭を無理やりふせさせ、杖を避けさせる。
俺は獣人に反抗しようにも、緑の男と獣人の行動が早く、頭も体も追いついていない。
「痛いっ」
やっと出せた声がこれ。
首の傷でなにかされてるらしい、振りほどこうと身をよじると背後から音と衝撃が襲う。
「ぎゃっ」
たぶん、上でやられた小爆発の大きめのやつだ。
杖が飛んだ先で炸裂し、地面に獣人とともに倒される。
起こったこと理解してから首をあげた、すでに目の前に革のブーツ、緑の男が立っておりいつの間にか手に戻っている杖を獣人の頭に突きつけていた。
「やってくれる」
「他をあたれ」
緑の男はため息を吐き、下がる。杖をこちらに向ける気がもうなくなったらしい。
獣人が立ち上がる。俺は立ち上がれず下半身を崩し座ったまま。聞きたいことが多すぎる。
「俺になにしたんですかっ?! なんで、襲ってきたんですか?!」
それぞれにまず聞く。
首に手をあてると、血らしきぬめりと痛みがある。
獣人は俺を無視して緑の男を睨んで居る。
「何かいってくださいよ」
「血印をつけたんだ。そこの獣人がな」
「け、けついん? なにそれ」
首を再び触る、血の印があるらしい。
目で獣人に聞いてみる。
何も言わない。まず喋りながらでも落ち着いて冷静ならねば。
「ど、どういこと?」
意識してゆっくり喋る。
下僕、血印とか言葉はちゃんとらわからない、でもなんとなくわかったのは、俺がまともな扱いをされてないことだ。
「ボクが下僕を作るためにキミたちを召喚し、召還されたキミたちは逃げた。その上本来ボクがするべき契約をその獣人が君と印を結ぶことによって不可能にしたんだよ」
言ってる意味がわかるけど、それがなんのかがわからない。
召還されたってことは、この男に呼ばれたってことなのか?
召還されたということが、イマイチピンと来ない。
それに下僕として召喚するならもっと強くて使いやすい生き物いくらでもいるでしょ。
獣人がいるくらいだ、ドラゴンとかもいるんじゃないのか? それともシンプルに奴隷にされかけてたのか?
思ってて思うファンタジー感が凄い言葉たち。
「ならもう用はない」
「そうはいかない。契約できなくとも、ボクの下僕として登録はする。いいのかい、登録がされなければ君たちはここでまともには生きていけない。この意味もわからないだろう?」
どういうこと?
この獣人はもうちょい情報を集めたっていいのに。
「ある生き物は登録された者にはおとなしいのさ。逆はわかるね。すぐにでもあつまってくる、もちろん登録されたからってここは安全じゃないけどね」
登録すると襲ってこなくなるの? どういう生き物?
疑問が尽きない。
「ボクはキミたちと交渉をしたい。ここから上の街まであがる協力をしてくれ。見返りとして、街ではボクがキミたちの面倒をみる」
「信用できない」
獣人の言うとおりだけど、信用しないで終わらせるのは乱暴すぎる気がする。
この世界を知っている案内人がいるといないじゃ全然違う、ただでさえ俺のいた世界とは大きく違うんだし。
「信用しなくても、すくなくとも幹までは一緒でいいんじゃないですか? 」
「足手まといだ」
「それは‥‥いや、あなた怪我人でしょう」
その脇腹の傷のまま、一人で長時間歩くのもきついでしょ。
「放っておけ」
「今更放れないです」
睨んできた。
怪我してなければ俺も強くは言えないけど、怪我人な上、多分俺と同じでこの世界について知らないはず。
利用されてでもついてくべきなんじゃないかと思う。獣人にとっての杞憂点になるだろう下僕化は避けたのだから。
「なら、幹までの同行をしてくれ。そのあとはまただ。どちらにせよ上にある街までは来てもらうことになるが」
ちらと獣人を見る。
否定を言わないあたり、正当な断る理由が見つからないのかも知れない。あるいは喋りたくないだけかも。
「わかりました。いいですよね?」
代わりに答える。獣人に同意を求める。否定しないならそのまま同行させれる。
そのまま何も言わなかった。
「行くということで!」
緑の男の口元がゆるんだ。
獣人は見てないけど多分俺を睨んでる。反応してやらない。
「ダンカン、名だ。キミは?」
「俺? 俺はかわせ、カワセミです」
きれいな川に住む、きれいな鳥の名前、せっかくだし、これで名乗ろう。
「そっちは」
返事は、無い。この人ならたしかにこの問答しなさそう。
名前くらいいいのにと思うけど。
「わかった、エルとよぶ。嫌なら名乗れよ」
え、名付けた?
少しも悩まずに?
俺も黙ってたら、名付けられたのかな?
といっても、名前を言わない理由はないけど。
獣人のエルが茂みに顔を向ける。
俺もつられて見る。
「準備しろ、カワセミ、エル」
なにかが、俺たちを観察してる。
言葉の通じなさそうな、獣の気配。
準備ってなにか来る感じか?
茂みから覗きでたのは犬だ。ただ、毛がない皮余りのしわしわ犬。ブルドッグよりサイズが決定的にでかい。それがこっちを睨みつけている。
ダンカンさんが杖をぶん回しはじめる。
見えない何かが空気中の薄い雲とかホコリを巻き込んで歪むように動くのはかろうじてわかる。
ダンカンさんが、杖を振りかざすと見えない何かがまっすぐ飛んで犬のあたまに突っ込んでいく。
しかし、犬はそれを寸前でかわし、駆け出し突っ込んでくる。
「下がれ!」
「エルさん!」
メインメンバー揃いました。冒険の始まりです。