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ショートショート10月〜5回目

言い換え

作者: たかさば

 二学期早々、特別授業があった。

 進路指導の先生による、受験の面接対策の時間が設けられたのだ。


 受験の心構え、勉強の仕方、面接のマナー…、一通り説明をしたあとで、プリントが配られた。

 ワークシートを埋めながら自分の長所と短所を考え、クラスメイトの前で発表することになった。


 自分自身の魅力を知り、的確に第三者に伝えましょう…。

 自分にしかない個性をアピールしましょう…。

 欠点を短所とする考え方はやめましょう…。

 長所としてアピールできるような短所を探しましょう…。

 短所しか見当たらない場合は長所になるよう言い換えましょう…。


 おかしな長所・短所が発生してしまわないよう、その場で修正までしてくれるとのことだった。

 ご丁寧に、短所の言いかえの一覧まで用意されていた。


 要するに、良い部分はそのまま長所として取り入れ、悪い部分は良い部分であるように見せかけろという事のようだが…、少々問題があるように感じた。

 そんなだまし討ちをするような事をして、良いものなのか?

 そもそも受験とは、入学する者を選別するためのものであったはずだ。


 とはいえ……、確かに自信なさげに自分を卑下するやつよりも、自分の良さを積極的にアピールするやつの方が魅力的ではある。納得したところで、ワークシートの開いたマスを埋めていった。


 少し時間を取った後、窓際の席の生徒から順番に発表をしていくことになった。


 正直なところ、クラスメイト達がどのように自己分析をしたのか…興味があった。

 適当に無難なところを攻めるのか、自信満々に白々しくうそをつくのか、恥ずかしそうに発表するのか、見栄をはるのか、逆ギレするのか……、ひととなりを知る、いいきっかけになると思ったのだ。


 すぐに誰かに乗っかる癖がある山下は、「協調性がある」

 あけすけにものをいう榊原は、「素直な性格である」

 人の顔色を見て意見を変える飯田は、「適応力に自信がある」

 絶対に手を挙げて発言しない森は、「慎重に行動できる」

 図々しさに定評のある小柳津は、「度胸があって物おじしない」

 理屈っぽくて敬遠されている伊藤は、「洞察力に優れている」

 いつも怒鳴っている加藤は、「感情が豊か」

 クラスのパシリ田中は、「お人好しで優しい」

 他人をディスることに命をかけてる池田は、「高い理想を持っている」

 ド陰キャの大川は、「慎み深い」

 アイドルの追っかけに精を出している三俣は、「好奇心旺盛で行動力がある」

 神経質で嫌われ者の榎本は、「几帳面」

 すぐに顔を突っ込んでまわりを振り回す佐々木は、「リーダーシップがある」

 いつも慌てて何かやらかす手島は、「決断が早く失敗を恐れない」

 あほ丸出しで行き当たりばったりに適当に生きてる植本は、「切り替えが早い」


 ……明らかに、違和感を感じた。

 いいように見せかけたところで、結局…短所は短所でしかないと思った。


 協調性があっても、誰かとは争う。

 素直な性格であっても、嫌われる。

 適応力に自信があろうとも、はぶられることはある。

 慎重に行動?何もしないことは行動ではない。

 度胸があって物おじしなければ、何をやってもいいというのか。

 洞察力に優れてたところで、根性がねじ曲がっていればだれも見向きはしない。

 感情が豊か?悪い感情だってあるんだぞ。

 お人好しで優しいと言っても、腹の中は煮えくり返っているに違いない。

 高い理想を持っているやつが高尚な人間である保証はない。

 慎み深けりゃ人間ができているという考え方そのものがおかしい。

 好奇心旺盛で行動力があればツレから借金しても許されるのか?

 几帳面ってのはもはや現代においてはマイナスイメージでしかない気がする。

 リーダーになるやつが全員人気者だと思ったら大間違いだ。

 決断が早くて失敗を恐れないがゆえに、成功したためしがないんだろ?

 切り替えが早いんじゃなくて、全てにおいて投げやりなだけじゃないか。


 ……やはり、言い換えなんて無理がある。

 悪い部分を言い換えて良い部分としてアピールしたところで、人そのものは変わらないのだ。


 そもそも、この言い換えの一覧表を利用している時点で……、明らかに人任せになってしまっている。

 自分の性格を、自分自身で判断して決定したならいざ知らず……、他人がこう言い換えなさいという例を挙げ、それをそのまま利用しているだけではないか。


 ……自分は、素直でありたい。


 あの日、自分の長所を「がんこもの」、短所を「素直」として、指導を受けたことを思い出す。


 ……結局、受験の面接のときには…長所も短所も聞かれなかったのだなあ。


「……それでは、長所と短所を教えてください。左のあなたから順番に…、どうぞ」


 今は…、めちゃめちゃ、聞いているけどさ。

 そう、俺はとある大学の教授になって、生徒を面接する立場になったのだ。


「わ、私の長所は、真面目なところです。短所は、あがり症です」

「わたしの長所は落ち着いているところです。短所は、マイペースなところです」

「僕の長所はひたむきに努力をし続ける事ができるところです、短所は没頭するくせがあるところです」

「僕の長所は、穏やかなところです。短所は…のんびりし過ぎているところです」

「私の長所は、生徒会の役員として頑張ったところです。短所は、真面目過ぎるところです」


 真っ赤な顔をしている生徒、足元がだらしない生徒、目を合わせずに手元を見つめる生徒、ニコニコしながら話す生徒、不機嫌そうな表情で声をはりあげる生徒……。


 長所と短所を聞くだけで…、色んなものが見えてくるものだ。

 ○、×、△、○、△…と。

 隣にいる副学長は、なにやらメモ書きをしている。…熱心だな。


 俺は長所と短所そのものには、あまり興味はないんだよね…。

 誰にでも得意不得意はあるし、自分の知らない良いところなんてのもあるだろうし。

 大切なのは人柄であって…、長所・短所ではないんだよ。

 言い換えのテクニックは広く世間に蔓延っているし、信用がならないっていうか…うん、俺が素直に言葉を受け取れなくなってしまったんだな、たぶん。


「はい、ありがとうございました。それでは……」


 まだ、面接は始まったばかり。

 あと50人ちょっと…、全員の長所と短所を聞かなきゃいけない。


 俺は気合を入れ直し、学生たちに…笑顔を、向けた。


 


 


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