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08 シュタインズ公爵邸(3)

(どうしましょう。テーブルマナーがまだ完璧ではないのですけれど。こんな至近距離では拙さが旦那さまに丸見えになってしまいます……)


 生まれてから一度も王族として過ごしたことがなかったエヴェリは、当然貴族が身につけているはずの作法を一切教わっていない。シェイラの身代わりは急遽決まったので、嫁ぐまでの短時間で礼儀作法を叩き込まれはしたが、一朝一夕で身につくはずもなく……ボロが出る気がしてならない。


 これが端と端で食事するならまだ平気だっただろうが、隣で食事するとなると双方共に相手の手元がはっきりと見えてしまう。


 必死に習った作法を頭の中で復唱しているところで次々と料理が運ばれてくる。


 ほわほわと湯気が立ちのぼる出来たての数々は、エヴェリが食べたこともないような豪勢な料理ばかりだった。

 教わったマナーとセルゲイの作法を見ながら、料理を堪能していたが別の問題ですぐに手が止まってしまう。

 

「──口に合わないのか」

「え?」

「あまり食べていないだろう」

「いえ、お料理は大変美味しいのですが、なにぶん少食なもので」


 普段の食事は硬いパンと味がついているのか分からないほど薄いスープだけ。こってりとした肉料理や具材がたっぷりと入ったスープは食べ慣れておらず、すぐにお腹が満たされ、胃もたれしてしまったのだ。


「言い訳だけは一人前か」


 ボソリと呟かれた言葉はエヴェリには届かなかったが、セルゲイの纏う雰囲気が一変し、エヴェリは自身の失敗を悟る。

 そして流れるように刃が突き刺さった。


「御託はいい。貴女達の言う野蛮な国の料理が口に合わないなら無理して食べなくて結構だ。……貴女のような人に我が屋敷のシェフの料理はもったいない」


 セルゲイが目配せするとエヴェリが何か言う前に、壁に控えていた給仕が問答無用で料理を下げてしまった。


(違う……のに)


 弁明したところできっと、信じてもらえない。ならこれ以上彼の怒りを買うより黙っていた方がいい。そう思い、口を噤んでいると、しばらくしてセルゲイもカトラリーを置いて口元をナプキンで拭った。


「さて、馬車の中で言った通り今後私の生活には干渉しないように。もし貴女の口に合うならば、明日からは私を気にせず好きな時間に好きなものを食べるといい」


 淡々と告げるセルゲイに、エヴェリは頷くことしかできなかった。



◆◆◆



 セルゲイが書斎でワインを嗜んでいるとノックの音が響いた。


「入っていいぞ」

「セルゲイ様、追加をお持ちしました」


 ワゴンを引きながら入ってきたのは執事長のダニエルで、上に敷いた布をどかし、氷水で冷やされたワインをセルゲイに見せた。


 セルゲイがグラスを傾けると、ダニエルがワインを注ぎ始める。


「お止めにならなくてよろしかったのですか」

「エントランスホールでのことか?」

「はい。最初の方は耳に入っていたのではありませんか」


 セルゲイは乾いた笑いを漏らした。


「止めたところで無駄だろう。囁かれるくらい我慢できなくてどうする。どこに行っても言われるのに」


 コツコツとテーブルを小突く。


「ヴォルガが理不尽に攻め込まれ敗戦し、民の暮らしが厳しくなったのは事実だ。この国で姫の陰口が吹聴されれば民は何も考えずに信じるだろうし、彼女に対して嫌悪感を抱いていてもおかしくない。それだけの事をあの国はした」

「そうではございますが……態度に出してしまうのは如何なものかと」

「お前だって姫を好ましくは思っていないから、使用人たちを咎めなかったのだろう?」


 ダニエルはにこやかに躱す。


「はてさてなんのことやら」

「とぼけるな。態度に出てないように見えて、滲み出ていたぞ。アルベルタもそうだが」


 セルゲイに睨みつけられても動じない。肩を竦めるだけだ。


「お前達も最後までこの婚姻に大反対していたな」

「当たり前でございます。私達は誰よりもセルゲイ様を思っているからこそ、あの国の姫だけは断じて許せない」

「はは、私の周りは過保護な者ばかりだな」


 気にかけてくれるのはありがたいことだとセルゲイは呟く。


「セルゲイ様から見て花嫁さまはどうですか」


 ダニエルが問うとセルゲイのグラスを揺らす手が止まった。


「噂通りの態度も垣間見えたが…………」


 ワインの入ったグラスを再度揺らし、セルゲイは物憂げな表情を浮かべていた。



「気になることがある。まだ様子見だ」




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