20 旦那さまの様子がおかしいです(2)
「奥様! 意識が戻られて本当に良かったです」
涙目になりながら近寄ってきたのはエルゼだ。
「大きな音がしたと思いましたら、当主様と奥様が大階段の下で倒れられているのですもの! 丸一日お眠りになられていて、使用人一同、寿命が縮まりましたよ!」
「ごめんなさい」
本当に、本当に良かったとエヴェリに縋りつくエルゼの背中を撫でる。
(たくさん心配をかけてしまいましたね)
申し訳ない気持ちも大きいが、それよりも怪我をしてこんなにも心配してくれる人が居る。その事になんだか不思議な気持ちを抱く。
(ここには私の身を心配してくださる方がいる)
ハーディングであれば意識を取り戻すまでその場に放置されるか、邪魔だからと横に移動して終わりだろうに。
(それにたとえ内心で憎まれていたとしても、この屋敷の方々は良い人ばかりです)
先ほどエヴェリが目覚めたと聞いて様子を見に来たダニエルやアルベルタも、声をかけると安堵した様子だった。
「そもそもどうして部屋の外に出ようと思ったのですか! 夜は明かりも少ないですから足元が暗くて見えづらいです。何か御用がありましたら私をお呼びください」
「ええ、次からそうします。心配をかけてごめんなさい」
エルゼのお願いにこくんと頷き、そばにいるセルゲイをちらりと見ると、やっぱり彼の眼差しは優しく、何だか変な気持ちで目を逸らしてしまうが、彼は許してくれない。
エヴェリの手を握って真っ直ぐに射抜いてくるのだ。
「私からもお願いだ。君が落ちていく光景は肝を冷やした。もう二度と見たくない」
「はい、一人では出歩きません」
「ありがとう」
ほっと安堵した様子のセルゲイは見慣れておらず、こそばゆかった。
(きっと一時的よね。セルゲイさまの方が私より強く頭を打ちつけていたもの。明日にはまたいつもの寡黙なセルゲイさまに戻っているでしょう)
この時のエヴェリの見立てはとても甘すぎた。翌朝、朝食を食べに食堂へ向かうと、そこには既にセルゲイが着席していて、エヴェリが現れると彼は立ち上がって近づいてくる。
そして爽やかな笑顔を向けてくるのだ。
「おはようシェイラ」
「お、おは……おはようございます」
気が動転してしまい狼狽える。
(えっと、同一人物でしょうか?)
エヴェリと同様、変身魔法で別人がなりすましていると言ってくれた方が納得できるぐらい、纏う雰囲気も、動作も────何もかもが異なる。
ひとつ、喜ばしいことは昨日巻いていた包帯が取れていることだ。あの後、エヴェリが強く自分の怪我を治してくださいと訴えた効果はあったようだ。
「調子はどうだい」
「調子は大丈夫ですが……あの、その……」
(セルゲイさまの様子が変ですとは聞けませんし……)
一体全体どうなっているのかと、一緒に来たエルゼに目配せするが、彼女は苦笑したまま退出してしまう。置いていかれたエヴェリはエルゼの後ろ姿を泣く泣く見送り、セルゲイと二人きりになる。
「だん……セルゲイさまはお仕事では?」
「今日の仕事は休むことにしたんだ。それに……せっかくだから貴女と朝食でもと思って。いつもは時間が合わないだろう?」
ほら隣に座ってと席に着くよう促される。セルゲイの隣に座ると、いつも通りエヴェリ用に量を減らした料理が出てくる。
(緊張で味がしません……)
匙で掬った温かなスープが喉を通り過ぎていくが、エヴェリの食事風景をセルゲイが凝視してくるので味を楽しむ余裕もない。
「…………量」
「はい?」
「量が少なすぎるのではないか」
ただでさえ共に食事をするのは婚姻の日の晩餐以来なのに、自身の食事を止めてそんなことを言ってくるので、エヴェリはドキドキしながら答える。
「元々少食なのです。残すのも申し訳なく、量を減らしてもらっています」
(また叱られるでしょうか)
晩餐の日を思い出す。同じような返答をして、セルゲイの怒りを買ってしまった。
けれども、今回は違った。セルゲイは頷き、眉を下げたのだ。
「だからそのような細さなのか。もう少し食べてくれ、細すぎて心配になる」
「っ!?」
気が動転して匙を落としそうになった。
セルゲイは気にもせず、流れるように使っていない匙を手に取ると、スープを掬ってエヴェリの口元に持っていく。
「ほら。口を開けて」
「…………わたくし、一人で食べられますよ」
セルゲイの行動全てが予想外すぎて、頭の中が混乱している。人は一日でこんなにも変わるのだろうか。
「いいんだ。私がしたくてしていることだ」
セルゲイはふわりと穏やかな頬笑みを浮かべる。
「!?!?!?」
エヴェリは内心パニックになってしまって、訳が分からないまま差し出された匙を口に含んでスープを飲み込んだ。
(昨日のおかしなセルゲイさまが続いています! どうしてでしょう!?)
エヴェリが思っていたよりも、頭の打ちどころが悪かったのだろうか。だとしたら全てエヴェリの責任だ。
(どうすれば治るのでしょう。早く元に戻っていただかないと私の心臓が持ちません!)
ドキドキとエヴェリの心臓は破裂寸前だった。このままでは身代わりが露見して処刑されるより、心臓が破裂して命を落としてしまうかもしれない。
そんなことを真剣に考えていると食堂のドアが開いた。
「おはようございます。あの、一緒に朝食を食べなさいって言われて……おじゃまですかね」
そうっと入ってきたのはリラだった。
(助かりましたっ)
エヴェリはすかさず立ち上がってリラの元に向かう。
「そんなことありませんよ。こちらにどうぞ」
エヴェリが隣の席に促せばリラはおずおずと近寄ってきた。




