11 はじめてのお出かけ(3)
クラーラが選んだのはシフォン生地で、オーガンジーよりもふんわりとした仕上がりのドレスだった。檸檬柄の爽やかな色合いはこれからの季節に合っている。
エヴェリは早速着替えて小部屋のカーテンを開き、外にいるはずのセルゲイに声をかけた。
彼は気怠げに頬杖をついていたが、声をかけると顔を上げた。
「旦那さま、いかがですか」
「私の意見など気にせず、自分の好みのドレスを選べばいいと伝えたが?」
「はい、ですが代金をお支払いしてくださるのは旦那さまですから、旦那さまのご意見も聞きたいのです」
セルゲイがじっとエヴェリを見つめる。
「…………似合っている」
その一言がたとえお世辞だとしても嬉しく、エヴェリの口角は自然と上がっていた。
「では、このドレスをください。一着で十分ですので他は要りません。オーダーメイド品も一着でかまいません。デザインはクラーラさんにお任せします」
即答したエヴェリに目を見開いたクラーラから待ったがかかる。どうやらおかしな発言をしてしまったようだ。クラーラは困惑を露わにしていて、戸惑いの声を上げた。
「シェイラ様、他にもご用意しております。一着目で決めずに、他に目を通してから決めるのでも遅くないですよ」
セルゲイもセルゲイで、クラーラよりは表情を変えなかったが眉を顰めた。
「後で後悔しても知らないぞ」
「後悔はしません。店頭に飾られているドレスはどれも素晴らしく、どのようなドレスであれ、わたくしが袖を通せるのは光栄ですし…………旦那さまもお似合いだと仰ってくれたではないですか」
至極真面目に伝えたのだが、セルゲイはお手上げとばかりに手を振った。
「…………本当にこだわりはないのだな」
「ええ」
「なら──クラーラ、そこの一角全て妻の体型に合わせて調整した後、包んでくれ。代金は公爵家宛に頼む」
「かしこまりました」
指し示したところには店の中でも若い女性用のドレスが十数着飾られている箇所だ。
「そんなにはいりません!」
「不要だとしても、あって困ることはないだろう。こだわりはないと貴女が言うから適当に目に付いた一角を購入しただけだ」
エヴェリの訴えを歯牙にもかけない。セルゲイはソファから立ち上がる。
「さっさと次に行くぞ」
「つぎ……?」
(ドレスだけではないの?)
セルゲイも用事があったのだろうか。
彼の用事のついでにドレスを買いに来たなら、今朝いきなり出かけることを告げられたのも納得出来る。
だが、彼は驚くことを告げた。
「ああ、私は必要ないが、貴女には宝飾品も必要だろう」
至極当然とばかりに堂々と言われ、こちらが狼狽えてしまう。
(私はお飾りの妻ですのに……)
黙って従えばいいのに。つい、本音が漏れる。
「どうしてここまでしてくれるのですか。わたくしには旦那さまの意図を理解しかねます」
嫌われているはずが、こんなにも気にかけてもらっていいのだろうか。嫁いだら事ある毎に虐げられたり暴言を吐かれたりすると覚悟していたのに、セルゲイはそんな素振りを一切見せない。
むしろ、自国にいた時よりも待遇がいい。シェイラという姫の身代わりなのもあるだろうけど、それだけでは説明が付かない。
(憎まれて──旦那さまが鬱憤を晴らす道具として扱われて当然の花嫁なのですよ)
エヴェリの言いたいことを汲み取ってセルゲイは理由を説明してくれた。
「私は貴女が嫌いだが、それとこれとは別だ。いつかは私の妻として社交界に出ていただくことになる。今の格好で出てみろ。私まで悪く言われるだろう。それは不快だ」
つまり、セルゲイの体裁を保つためということか。
(だとしても、この方はお優しい)
まだ確信は持てないし、いつ暴力や暴言に晒されるか分からず、怖いという感情ももちろんあるけれど。
嫌いで憎いはずのエヴェリを迎え入れたのに、罵ったり、暴力で訴えたりしない。一人の人間として、妻として、きちんと扱ってくれているのは事実だ。
(普通なら、こんなに良くしてくださらない)
以前からぼんやりと抱いていた彼の印象がはっきりと形になる。じんわりと心が暖かくなった。
「ドレス、ありがとうございます。大切に着ますね」
この嬉しさが少しでも届けばいい。届かなくとも、言葉にしていけばいつかは受け取ってもらえるかもしれない。
唐突に感謝を述べたエヴェリを、不意をつかれたセルゲイは怪訝そうな顔をする。
「いきなりどうした。感謝される覚えはない。全て私のためだ」
「はい、旦那さま自身のためだとしても、感謝をお伝えしたくて」
言えば、奇異なものでも見たかのようにわずかに眉を動かした。
その後、セルゲイはエヴェリを連れて宝飾店にも出向いた。初めて見る宝石やデザインの違いに混乱するエヴェリに痺れを切らし、無造作に、けれどもセンスの良い宝飾品を購入してくれた。
信じられない桁の金額が飛んでいく申し訳なさで疲労困憊になってしまったエヴェリは、少し遠くで待機している馬車を呼びに行ったセルゲイを店の前で待っていると、角から曲がってきた何かにドンッとぶつかられた。




