終わりの始まり
「光の聖女…」
あの真っ黒いきらきらした空間で、光の聖女が佇んでいる。彼女こそが僕の最終目的。僕が帰還するための最終条件。
ここは水の迷宮があった場所の地下だ。魔物がこの辺りによりつかないのは彼女がいるから……ではなく、彼女をこの地に縛り付けている【何か】がそこにあるからだろう。
そこに立つ光の聖女は、ふわふわの黒い髪、茶色の目、間違いなく冷夏ちゃんに見える。ただし、中学生の時の冷夏ちゃんだ。
「でも冷夏ちゃんでは無い」
そうだ、僕があの時いっしょに冒険していたのは、僕の知っていた冷夏ちゃんではなかったのだ。
薄々僕も気づいていたじゃないか。
考え方が少し違う。話し方が少し違う。好みが少し違う。幼なじみだからこそそのズレははっきりと積み重なって僕の疑念となっていた。
「光の聖女…君に頼みがあるんだ」
心を決めて口を開く。
「里香ちゃんが男の子になってる…」
光の聖女に困惑した顔をされた。張り詰めていた気持ちが霧散するような緩さに、僕は困惑した。
「頼みを叶えてもらおうとするなら、相手の願いも叶えること…だっけ?里香ちゃんが言ったんだよ。うん、今がその時じゃない?」
そのまま光の聖女はそう言った。
そんなことを言った覚えは無いが、確かに僕が言いそうなことだ。ということは、僕が言ったのかもしれない。
「冷夏ちゃんじゃないけど、冷夏ちゃんでいいんだよね?じゃあとりあえず聞こう。冷夏ちゃんの望みは?」
「それは───────」
私がこの世から消えること。
と、彼女はそう言った。
なるほど。ずっとここに縛りつけられるのは苦しいか。そりゃそうか。冷夏ちゃんは普通の女の子だもんな。
「はぁ……仕方ないなぁ」
じゃあ自死すればいいじゃないと思わないでもないが、思い返すと、冷夏ちゃんは自殺する勇気が出ないと言っている健全な子供だった。
「ウィンド」
最期くらい派手な方がいいよな。
▫
ということで、鍵を2人復活してもらった。これで全ての貸し借りを精算した、と思う。水の迷宮主もニッコリだろう。
双子の弟の方は……まぁ今回はスルーで。今復活させたところでろくなことにならない気がした。そしてこういう時の僕の勘はよく当たる。
「なんだか不安そうな顔をしているね」
ワニさんが言った。
「そりゃあね…」
少し魔法を使いすぎた。
魔法……条件を満たす人間が世界の根幹から借りられる力。
魔力は使う条件の差を埋めるために使う。
人間1人の力でこんな超常現象が起こせるわけがないのだ。……そう、今目の前にクレーターが空いているように。
世界に作られた光の聖女が中継点として、先延ばしにしていた歪み……もう、駄目だろう。
皆魔法を使いすぎた。
世界から力が失われていく。
僕が今まで使った分の力が世界から消え失せていく。そして僕が魔法を使った代償に、世界に変動が起こり……異世界人の世界が欠損していく。
そして、光の聖女を縛りつけていた、その【何か】が目に入る。それは世界の脅威。宇宙から襲来した人類の敵。
現人類に対処する術はない。光の聖女が消えたことによって長い眠りから目を覚ます。
もはや、異世界人が今のまま生き残る術はない。
しかしこうなることを僕はずっと知っていた。
知っているからこそ、僕は風魔法を使い続けていく。
それが正しいと確信しているが故に。
こうして風の魔道士は異世界を滅ぼしていく。




