罪の精算
「さあ、風の魔道士。願いがあるのなら、できる範囲で叶えようじゃないか」
「君にお願いしに来たわけじゃないんだけど…。あ、そうだ」
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「復讐を終えた復讐者に裁きを、か…。全く風の魔道士もよく分からない頼みをする…」
僕は自慢の、というほどでも無いが、そこそこ立派な羽を広げ、空を飛んでいた。飛べるほどの羽があるというのはそれだけで強い。
風の魔道士は僕にも大分理解のできる部類の人間だった。
自分勝手な合理主義の塊。
僕は迷宮主として、その願いを叶えるために動いている。
復讐者に裁きを。
復讐された対象は異世界間の移動により、記憶は失くしこそすれど、経験が残る。復讐は達成された、と風の魔道士は考えたらしい。
そして残ったのは復讐者ただ1人。
復讐者は燃え尽きるまで全てを燃やし尽くし……なんて詩的なことを言っていたが、要は、無関係な者を巻き込みすぎたのだ。
これは風の魔道士の頼みであることだし、今だけでも見た目を彼の気に入っていた青年の姿に戻すべきだろうか。
『ハリウッドスターっぽい』だったかな、風の魔道士には結構評判が良かった。
基本あの人はなにごとにも無反応だから、反応があるのが珍しく、よく覚えている。
指定された場所を飛びながら探していく。
「いた」
見つけたのでその場所に向かって飛んでいく。
人に囲まれている。種族の違いはよく分からない。顔も分からない。声も分からない。
僕に分かるのは彼らには裁きはいらないということ。
始末する必要がないということ。
僕が生きるのに必要でもないこと。
「吴人…君を裁きに来た。風の魔道士の頼みだ」
こいつ……かなり罪を犯している。
「…なにか言っている?聞こえない…」
言葉は分からない。分かる必要もない。
しかしどうしようもなく不愉快だ。
───────
僕は家族に売られた。特に感情はなかった。
働いたら、二食飯が食べられる…僕にとっては生きるうえで全く問題のない場所だった。
「…パンだけって本当に大丈夫なの?私がもらったぶんあげよっか?」
今思うとあれは友達だったのかもしれない。
「…」
それはベッドに寝かされていた。
肉付きのいい頬はこけきっていて、もともとはキラキラと快活さをよく見せていた目は見る影もなく曇っていた。
要は……今にも死にそうだった。
「望みはあるかい?」
「真っ赤なお花が見たいわ」
お花というものを僕は今まで見たことがなかった。
聞いてみると、赤くて美しいものらしい…それなら、僕も知っている。
すぐに下の階に連れっていった。
僕が見せた【花】が合っていたのかは分からないが……もう既に目がほとんど見えなくなっていた彼は、満足げににっこり微笑んだ。
懐かしい記憶だ。
───────
「ぐっ」
何やら呻いている。
「…これは闇魔法か」
精神干渉魔法…僕に対してはとことん相性が悪い。
だって僕には、罪悪感なんてないから。
……なるほど、風の魔道士は、魔王の始末には僕が1番適任であると考え、任せたらしい。
「お前、…よく平然としてられるな…!だっての記憶は…」
やっと声が聞こえるようになった。
僕は途端に機嫌が良くなってにっこりと微笑む。
「ふふふっ、下の階の人間は僕をいらないと言って殺そうとした。だから当然の報いだよ。そうだろ?」
この物語はとてもありふれたものだ。
子供達を殺した大人は等しく綺麗に殺されて、そして1人の殺人鬼が生まれた、それだけの話。
それだけの話だ。
どこに罪悪感を抱く要素がある?どこに狼狽えなくてはいけない程の過去がある?
あまりにも、普通の、どこにでもあるくだらない記憶。
僕は姿勢を正す。それが相手への礼儀であると確信しているから。
「さあ、罪を償う時だ───────」
次に会えるのは何年後かな?
そう言って僕は笑った。




