水の迷宮③
「【第4関門、智見の狭間】」
水の迷宮主がそう言うと、今度は、白金の髪に灰色の目をした青年が出てきた。最近見た時は随分おじいさんになっていたが、再現体は馴染みのある年齢の王子様だ。
しかし、情報魔法の使い手とかだったよな?智見って……意味は同じか。また翻訳のあやだろうか。
「ウィンド」
とりあえず吹き飛ばすことを試みる。
吹き飛ばない。……無かったことにされたって感じか。
そもそもどんな魔法か知らないんだよな。手の内を見せてくれなかったし。
「しょうがないなあ」
ローブの中から剣を取り出す。身軽に動くために、大した重さもないなまくら以下のおもちゃみたいなものだが、それで十分だ。
「ソード」
風をなんとなく剣にまとわりつかせ、とりあえずかっこよさげなポーズを取る。初心者なので、構えとかそういう話ではない。
ここはいかにそれっぽく見せるかが大切である。
そのまま全力で切りかかる。まぁ素人なので隙だらけだろう。
あ、剣で普通に止められた。そっちの剣は飾りでは無いらしい。
反対に僕が斬られるが、不老不死なので特段問題は……いや、これをやったのはこの男の複製元だよな?複製体が本体と同じレベルの強さだったら、この情報も書き換えられる可能性があるんじゃないか?
とりあえず体は治ったが、警戒はした方がよさそうだ。
「ウィンド」
とりあえず自分自身を吹き飛ばす。上手く調整しているので着地も問題ない。
「……ブラックホールは使わないの?」
迷宮主がそんなことを言う。
いや、あれは代償が重すぎる。できるなら使いたくはない。
風魔法の代償は世界の変革、つまりこの魔法系統は世界に代償を押しつける魔法だ。だからこそ僕は強いが、使いすぎれば起こるのはこの世界の崩壊である。
正しさを払い続けている僕は、世界の寿命を縮めるブラックホールを気軽に使えないのだ。
「もうめんどくさいな!『ウィンド』!」
魔法を乗算した。脳が壊れていると目の前の王子に言わしめた、僕にしか扱えない魔法理論である。
実際に扱うのは初めてだ。
情報の圧力で潰してやる。
……代償の量も乗算になりそうだが、それは考えないものとする。
あ、結構慌てている。効果はありそうだ。
もう1回やるか。
「ま、待て」
あれ?話せるのか。
今までの複製体は口を開いて魔法を使うことはあったが、話しかけてくることはなかった。
「……は?」
迷宮主の方を見てみると、片眉を上げて怒りで顔を歪ませていた。
どうやら彼も想定外らしい。
「その魔法はやめた方がいいと私思うな!?」
「お前……僕を騙したのか?」
迷宮主が口を開く。無表情だ。
「何?どういうこと?」
答えてはくれないだろうと思いつつ、状況の分からない僕は質問することしかできない。
迷宮主が懐から拳銃を取り出し、正確に王子の眉間を撃ち抜いた。
「チッ、やっぱりダメか……」
何事も無かったかのように王子はそこに立っている。
「本当にどういうこと?」
状況がさっぱり理解できない。何故迷宮主が怒っているのかも分からない。
「ああ、うん。レイズ。私は死ぬと確かに君に言った。その通り私はきちんと死んでるよ。肉体がないからこうして情報が比較的近い君の魔法による複製体に憑依してるんだ、分かるよね?」
言いながら何回も撃たれている。言い終わった後もそのまま撃たれている。正確すぎるショットだ。うん、分かってなさそうだけど?
……もしかして僕に説明してくれたのだろうか。
「はあ……今度からお前の複製体は作らないから。僕を騙した罪は高くつくよ」
「ははは、ごめんね」
「チッ」
「っていうかなんだ。急に出てきて」
こうして迷宮主を敵に回すリスクを追ってまで顔を見せたんだ。それ相応の理由があるはずだろう。
「魔法の乗算は世界にかける負荷が強すぎる。それは私の本意ではないって言うか……ね?」
「……1回だぞ」
「もちろんだ」
なんだかんだ言ってもこいつは不老不死と視力回復の願いを叶えてくれたんだ。1個くらいならお願いを聞いたっていいだろう。
「じゃあ用事が済んだから帰るね」
手を振って、そこには最初から何も無かったかのようにそれは消え失せた。
「はあ……第5関門は1番最後で、僕と戦えるイベントバトルみたいなものだけどいる?僕はもうやる気がない。どうせ負けるだけの戦いだし」
迷宮主が疲れたような顔でそう言った。
「……いいの?自分と戦いたいのかと思ってたんだけど……」
好奇心が旺盛で享楽的な彼は、よく僕に戦いをしかけていた。正直、彼が大人しくこの迷宮に引きこもっていることをいまいち信じきれていない僕がいる。
「いいんだよ、どうせまたすぐ戦えるようになる。ここはそういう迷宮だ」
「そういうもんか」
「そういうものだ。……過去に縛られ続けるのが、水魔法を使う上での縛りだから」




