水の迷宮①
「…ウィンド」
水の迷宮は大きく、白い塔だった。高さはさほどない。
目標を定めて魔法で全てを破壊する。破壊しやすそうな塔で助かった。地下迷宮であっても同じことをするだけだが、中身が分からなくなる。
目の前には残骸の山が積まれている。
立ち入り禁止にはしてもらったので、中に人はいないと思うが……。
「…。さすがの僕も困惑したよ」
そう言いながら、誰かが降りてきた。黒髪の少年だ。12歳くらいに見えるが、魔族の年齢はあてにならない。
烏のような黒い羽を羽ばたかせながら、優雅に着地する。
「僕が迷宮を作る時に、ダンジョン攻略で1番やってはいけないことは、ギミックを無視して破壊することとか言ってなかったかお前」
「何言ってんの?破壊できないダンジョンを作ればいいだけじゃね?」
目の前の少年が若干呆れた様子を見せているが、そんなことを言った覚えは全くない。忘れているだけかもしれない。
まぁでも、僕がそう言ったということは、それはダンジョン作りにおいての助言だろう。ダンジョン攻略においての意思表示ではない。とりあえず壊せるか試すのが様式美というやつだ。壊せなかったら真面目にダンジョン攻略。トライアンドエラーで人類の発展っていうのはなりたってるんだぜ?
……ここは異世界だから違うかも。
話を戻す。目の前にいる少年はこの迷宮を作ったと言ったので、水の迷宮主で確定だろう。
つまり、
「君を倒せばいいわけだ」
「……。やはり風の魔道士は僕のことを全く覚えていないらしい。にしても僕がこちら側に立っているのはなかなか新鮮だ、大抵僕が挑む側だった」
と、好戦的……いや好奇心だな。好奇心が刺激されて仕方ないといった感じの表情が読み取れる。
遊具に飛びつく子供みたいだ。
僕もどの魔法を使うべきか思案する。
「いや、僕はお前に絶対勝てない。ここに辿り着いた時点でもうお前が勝者だよ」
少年はつまらなさそうな顔で言った。
「でもお前もつまらなさそうだし、やるか。ダンジョンバトル?だっけ?」
少年はそのまま目を瞑り、手をかざし、鏡のような湖を出現させた。
「【第1関門、雷の戦士】」
そう言うと、湖から銀髪で金色の目の女性が浮かび上がって来た。
見覚えがある気がする。
「シエルロッテ?」
ああ、雷で銀髪と言えばシエルロッテか。今お人形さんを修理してくれている女性が、1番最初に完成させた人形。
死んだはずではなかったのか。
「死んだはずでは?って思ったろ?その通りだとも!この水の迷宮は失ったはずの魔物を呼び覚まし、時には死せる強者を再現する場所だ。……魔物はさっきお前が全部殺したから、復活まで時間がかかるけど」
なるほど。つまり、水魔法によって再現されたシエルロッテを倒せってことか?
水魔法は【保存すること】に1番向いている。元は罪の精算を目的とした魔法だったらしいが、スタートとゴールが違うなんてよくあることだ。
第1関門と言っていたくらいだから他にも用意はしてありそうだが、他は誰だ?1個前の魔王はいてもおかしくないかな。
「ワニさんは服の中に入って!」
「う、うん!」
とりあえずワニさんをポケットの中に入れる。本人も目の前にいる女が自分には勝てない強者であると分かっているのか、素直に言うことを聞いてくれた。
「っ」
咄嗟に風魔法で弾いたが、目にも止まらぬ速さでこちらに突っ込んできた。目で追えるとは思わない方がいいだろう。それで、大剣を振り回してくるんだから手に負えない。
戦場で無類の強さを誇ったシエルロッテを良く再現できている。
「おいおい、まさか苦戦しているのか?」
烏の羽を持つ少年がちょっと嬉しそうにそう言った。楽しそうで何よりだ、が。
「ウィンド!」
どうせ当てられるわけがないし、広範囲に瓦礫ごと吹き飛ばしてやる。
「うわ」
高く跳躍して、風を避け、僕が吹き飛ばした瓦礫の上に飛び乗りつつ、走ってこちらに向かってくる。
……。仕方ない、もう少し高火力で攻めるか。
「トルネード」
すごい。複数の竜巻に巻き込まれないよう走って実際巻き込まれていない。
味方だったので、シエルロッテと実際戦ってみたことはなかったが、こんなに面白い戦い方だったのか。まさしく雷のような女、だ。
負けることはなさそうだが、決め手にかける。
そういえば彼女は、自身のことを挑戦者だ、なんて言ってたっけ。
雷しか扱えないように調整されデザインされた彼女は、使い勝手が製作者の想定外より悪く、スタートが良いとは言えない状況だった。そこから戦禍の英雄にまで上り詰めたのだから確かに挑戦者だろう。少なくとも僕はそう認める。
【ライトニング】
シエルロッテが雷光を身に纏う。
これは知っている。文字通り本人が雷になって突撃してくる捨て身の技。
捨て身だけあって隙だらけだ。わざわざ負けに来てくれるなんて優しいな。
「グラビティ」
とはいえ、警戒はしているので、ひとまず重力を上げてシエルロッテの速度を下げる。
「スレイ」
それから慎重に胴体を切断した。




