依頼達成
「…。起きろ」
蹴られた。
既視感……。
「おはよう、良い朝だね」
「お前なぁ。…。言っても仕方がないか。…ここがどこだか分かるか?」
「え?さっきの泉の中でしょ。違うの?」
「…。お前がそう言うならそうなんだろうな」
眼前には綺麗な壁画がある。
そしてそれ以外は白い壁に囲まれていることに気がつく。
……水の中であるはずだが、全く水があるように見えない。
「これが本に書いてあった水の迷宮…?」
しかし、そう言ってみると少し違和感がある。
「…。水の迷宮はもっと僻地にある。…。俺の魔法が使えないレベルで水魔法を使えるのは、あそこのダンジョンマスターくらいしかいないはずだが」
「なるほど。…これ水魔法じゃないね」
土魔法だね。土魔法は金属元素全般を扱える。もちろんやれることは限定されているけれど。魔法は万能じゃない。
そういえば水素も金属元素だったっけ。
もしや?……いや、これはまさか関係あるまい。
「あと、扉がない」
「土魔法…。あいつか。…。あいつなら、扉を毎回作るくらい余裕だろう」
「…シエルロッテを作った人で合ってる?…あれ、それだったら、あの人も王の血をひくものなんじゃなかったっけ」
「…。合ってるぞ」
そう言って木の賢者はそっぽを向いた。
ドラゴンは黙って周りを警戒していた。
そうやってしばらく過ごしていたら、白い壁から扉が生えてきて、開いた。
『やあ、こんにちは。久しぶり、リカ。歓迎するよ。ランティは最近会ったばかりだから挨拶はいらないよね』
予想通りの人物が出てきた。
前と違うのは、口の動きと声が合っていない状態で話しているということだった。
そういえば、木の賢者はランティという名前だった、と思い出す。
『君は…初めましてだね、名前はなんて言うんだい?』
『…テイレスだ』
「君ってそんなに気さくな人だったっけ?」
僕は、少し気になったので彼女に聞いてみる。
『そういう君は、さては以前と同じく私の名前を覚えていないな?』
「そうだよ」
昔のこの人は、もっと無口な人だった気がする。思い返してみればというレベルではあるが。あんまりこの人のこと覚えてないんだよなぁ。
『私はランティと違って人間だからね、月日が経てば人格も多少は変わるのさ』
「へえ」
ランティは魔族だから人間じゃないって?魔族差別かよ。……なんてね。生殖の方法も存在の仕方も全く異なる生物を同じ人間とは思えないだろう。それは僕も同じだ。
言いたいことがあるとすれば、ランティの人格が変わっていないのは魔族だからでなく、歳を重ねるのがめちゃくちゃ遅いからだと思うよ。
魔族って別に寿命が長いやつばかりではないし。そういうやつはそれ相応の情緒をしてるよ。研究結果とかではなく、個人の感想だが。
『要件は?』
と、土魔法使いが言った。
「あぁ、ギルド長探してるんだよ。雷の魔法を使える。ここにいるでしょ?」
『いる。ついて来て』
と、言った。
▫
いつの間にか土魔法使いが消えている。
ドラゴンも警戒してゆっくり歩いているのか、まだこの部屋にはたどり着いていないようだった。
……。
「シエルロッテ?」
シエルロッテが質素なベッドに寝かせられている。
肉体的には、生きては…いるようだ。
作り方的に、そう壊れるようなものでもないけど。
「…。」
木の賢者が僕のローブを引っ張ってくる。
「あ、ギルド長だ」
ギルド長が倒れている。
「首刎ねておく?」
「…。いや、いい」
木の賢者はそう言って紙を破いた。
ギルド長が消えた。破られた紙を見たところ、女王のところに送ったらしい。彼女なら上手くやってくれるだろう。
「これにて解決?」
「…。そうだな」
『どうやら、お前のお人形さんはここで修理中らしいぞ。それと、ライティには少し言いたいことがあるから、ちょっと来い、とのことだ』
あとからやってきたドラゴンがそう言った。
……どういうこと?
▫
お屋敷に戻った。
「そういえば、木の賢者。小屋の鍵の血統が完全に断絶したけど、どうする?」
「は?…。どうもこうもないが。もう開かない。そういう契約だからな」
「……」
えぇ……。
あの部屋は相当時間がかかっているのか、僕でもすぐには破壊できなさそうだった。
「あの蔵書が全て消えるのはつらい」
「…。それよりお前、魔王を放置していいのか?」
痛いところをついてきた。
「まぁ…あの魔王がクラスメイト達を全滅させようと、契約により、異世界にもとの状態で帰されるだけだからね」
今の魔王は、無事が約束されている僕のクラスメイト達を相手とした復讐にご執心だ。
放置しても大丈夫そうな気はする。まぁ文字通り虚しい復讐に燃える魔王に少し思うところがないでもないが。
少なくとも干渉すべきなのは僕ではない。残った魔王をどう処理するか考えておくくらいはしておいてもいいか。何とか彼も異世界に戻したいところだ。そうじゃないとバランスが取れていないし。
……この異世界で僕が行くべき残すところはあと、水の迷宮のみだろう。
水の迷宮に行けば、全てが終わり、そんな気がした。
「まだいいよ。もう少し、異世界を楽しんでからでも遅くない」
「…。そういうものか」
それから僕は、少したまっていた日記を書くことにした。
番号は……そのままでいいか。




